ボウリング

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 会社の親睦会でボウリングに来た。  腕前にみんな似たり寄ったりで、誰もが、まぐれでストライクを取ったり、ガターを連発したりという状態だ。  その中で、一人の先輩だけが群を抜いて上手だった。  聞けば、一時期ハマって通っていたらしく、今日は持ってきていないが、マイボールやマイシューズも持っているらしい。  たいていはストライク、だめでもスペアという好成績に、女子社員が黄色い声を上げる。それが多少羨ましかったが、あれだけ上手なら騒がれるのは当然だろう。  俺はただそう思っていたが、一人の同僚は違ったらしい。  少し離れた位置でいかにも妬ましそうに先輩を睨み、何かぶつぶつ言っている。  その同僚は、ボウリングに限らず、運動関係はからっきしな奴だ。だからスポーツ系でちやほやされる先輩が妬ましいのだろう。  とはいえ、たかが会社の親睦会じゃないか。あんなに恨みがましい態度を取らなくてもいいのに。  勝手に孤立していくそいつを放置し、皆の輪に戻って楽しんでいたのだが、そのくらいから先輩が調子を崩し始めた。  前と同じように投げているのに、どうしてかストライクが取れない。端のピンが一本残り、それを狙った球が当たったように見えるのに、ピンは倒れずスペアも逃してしまう。  上手いからと皆にせがまれ、何投もしてきたから疲れが出たのだろう。誰もがそう思い、先輩に休憩するよう声をかける。  先輩自身もその意見に納得し、休憩前にもう一投だけと、新しいピンの並ぶレーンに球を投じた。  その時、俺は見たんだ。一番奥の端のピンの陰に何かが立っているのを。  その何かに支えられ、一本だけピンが残る。スペア狙いで先輩がもう一球投げたが、支えのせいでピンが倒れることはなかった。  みなが落胆の声を上げる。でも俺だけは、声もなく、自分が見たものの正体に驚くばかりだった。  ピンの陰に存在しているのは人の手だった。  白く細い手が、決してピンが倒れぬよう、後ろからピンを支えていたのだ。  どうしてか俺の視線は、反射で、離れた位置にいる同僚に向いた。  相変わらずムスとした顔をしているが、その口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。  それを見た瞬間、俺は、ピンを支える手が誰のものなのかを悟った。  同僚はすぐそこにいる。物理的に考えればありえないことだ。でも、あの手は間違いなく同僚の手だ。  無意識の生霊なのか、はたまた、何か得体のしれない力を駆使しているのか、それは俺には判らないけれど、同僚が先輩のストライクを妨害した。それは俺にとって揺るぎようのない事実だ。  同僚というだけで、親しいつき合いはない相手だ。だからあえて何を言うつもりもない。ただ、無意識にしろ故意にしろ、妬まれたらこういうことを起こしてしまう相手だと、それは肝に銘じておこう。  先輩が休憩に入り、少しだけ盛り下がった親睦会の空気の中、俺だけが、ただそんなことを考えていた。 ボウリング…完
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