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Day1:Dead Boy
僕は夜の街を歩いていた。
大学卒業後就職が決まらず、フリーターをしていた僕は夢も希望もない未来を思い描いていた。
そんな僕は新しい刺激を求めて夜の街を歩いていた。
深夜2時半。ほとんど夜にしか活動しない僕にとっては昼間のようなものだが、世間は寝静まっている。
静かさに浸っていると、いつの間にか街から離れてしまったようだ。
僕は長い橋の上を歩いていた。
涼しい風が吹きつけられる。雲一つない夜空。しかし上を見ても月も星も全く見えない。
ふと前を向くと人が立っていた。
肩下くらいまでのセミロング、ふわりとした服を着ていて柔らかい印象を受ける女性だ。
僕は特に関心が無かったので、目線を下に移しすれ違った。
「こんばんは」
通り過ぎた後に声をかけられてしまった。
僕は声のした方を振り返る。
同時に、彼女は月明かりに照らされた。
髪型や服装から想像していた通りの柔らかな顔つき、透き通るような白い肌、それらが強く引き立てる優しげな微笑み。
天使がいるとしたらこんな人なのだろうか?そんなことを考えさせられるほど、見惚れてしまった。
「どうかしましたか?」
と彼女が問いかけてきた。
むしろ質問があるのはこちら側だ。
なぜこんな時間にこんなにきれいな人が…?
「ふふ… わたし、家出してしまったんです。お家のしきたりが嫌で嫌で、逃げ出してしまったんです」
彼女はひとり話し続ける。
「20歳になったら、運命を共にする相手を決めなくちゃいけなくって…でもわたし、そういうしきたりじゃなくて、自分でこの人が良い!って決めたいと思っているんです」
結婚相手のことだろうか?彼女は身の上話を続ける。
「でも…明後日の夜には無理やり相手を選ばされちゃうんです。ひいお爺様が『この中から選べぇ!』って」
曽祖父の声真似をしながら楽しそうに笑う。
「ふふ…ごめんなさい。なんだかあなた、話しやすくて。ずっと…誰かに聞いてもらいたかったんです」
そうして彼女はじっと僕を見つめる。
「あの!明日もここに来ますか?」
僕は首を縦に振る。明日は深夜のバイトがあったが、この後の言葉を期待してはいと答えてしまった。
「あの…嫌でなければなんですけど… また、お話を聞いてもらってもいいですか?」
僕はもう一度首を縦に振った。
「嬉しいです!」
そう言って彼女は満面の笑みを浮かべ、ぴょんぴょんと小走りで駆け寄ってきて、僕に勢いよく抱きついてきた。
予想してなかった僕は体勢を崩して後ろに倒れ込む。
彼女だけは傷つけないように、と強く抱きしめた。
おそらく、時間にして1分も経ってないだろうが、僕には5分にも10分にも感じた。
倒れたまま下手に動かない方がいいかもしれないと考えてじっとしていると、だんだん僕の全身に温かくて柔らかい感覚が巡ってきた。
心臓がうるさい。でも僕のだけではない。
僕と頭から脚までぴったりと密着している彼女の鼓動も張り裂けそうなほど強く、激しかった。
「ごめんなさい…」
顔を真っ赤に染めた彼女は僕から離れると、目も合わせずに走って行ってしまった。
僕は呆然として彼女の背中を見送った。
ふと空を見上げると月が陰り、無数の星が光り輝いていた。
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