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それは僕に届かなかったあの日の言葉。彼女の中で燻っていた心情の形。それを聞きたい。ざわめいていた鼓動は静寂を取り戻し、僕の口は淀みなく言葉を紡いだ。
「教えて欲しい、中井さん。
あの時、君は僕になんて……」
その瞬間、彼女は困惑したような表情を見せた。と、同時に彼女の体が霧のように散り始めた。
「待って!」
僕はとっさに駆け寄り彼女の体を抱き締めた。しかし、触れたと思ったその腕は、すぅと彼女の体をすり抜ける。登り始めた太陽の光は彼女の人影を消していった。
その時僕は気づいた。僕が再び同じ過ちを犯そうとしていることに。
僕は彼女の彼女たる部分を見ていなかった。僕は独占欲と自己満足に彼女を付き合わせていただけで、彼女の人格を見てこなかった。そんな僕に過去の真実を問う資格はない。
そう、あの時の言葉は今となってはどうでもいい。
今!僕が聞きたいのは!
「君は……君は……」
刺すような朝日が僕の顔に照りつけ、彼女の影は光の中へ消えていく。
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