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◇
一目惚れだった。
高2のクラス替えで初めて出会ったその日。自己紹介で聞いたその声は、消え入りそうに儚げで、それでいてどことなく気品があって、華やかさこそ無いものの、嫌みのない落ち着いた所作は、女の子らしいという言葉はこの子のためにあると思うほどに、僕の心を鷲掴みにした。
僕はなんとかして彼女に好かれる方法を探した。しかし、接点が全くない僕は、好かれるどころか記憶にすら残ることすら難しかった。
だから僕はまず気持ちを伝えた。
うまくいく筈はなかった。でも、それをきっかけに声をかけられるようになった。けれども、僕には話題がなかった。だから僕は、吹奏楽部に所属する彼女との話題には自分のピアノの話を持ち出すしかなかった。
今思えばそれは悪手だったと思う。日常的な話すらなく、自分の事を話すだけ。数少ない会話のチャンスを前にして、ただ焦っているだけで、聞かされる彼女にとっては酷くつまらなかっただろう。
なぜもっと普通の話をしなかったのか。
なぜ彼女のことを聞こうとしなかったのか。
将来の夢や、読む本、好きな食べ物とか、いくらでもあるはずなのに。
だから、僕の中にある彼女との思い出は、ほとんどが僕が一方的に話している姿だけ。彼女からの言葉は霧のように消えていた。それはまるで、弾けなくなったピアノ曲のように。
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