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俺の犬と庭で戯れている、一人の少女の姿があった。少女、か。紛れもなくその後姿は、龍翠のものなのだが。
「明日ね、紅隆様がわたしを興行に出してくださるんですって。君たちが応援してくれたおかげだよ。ありがとう」
龍翠は腰を屈めて、三匹の犬にそう話しかけていた。その言葉で、俺は龍翠が自分の犬と時々接していたということに初めて気付いた。犬達は嬉しそうに尻尾を振り、龍翠の周りをぐるぐると回っている。
「龍翠」
呼びかけた。龍翠の肩がびくん、と跳ね上がる。それからすぐに立ち上がり、申し訳なさそうに俯いた。
「すみません。芸用の犬ゆえ、可愛がることを禁じられているのは存じておりましたが」
違う、そうではない。俺はべつに、お前を叱りに来たわけではない。──お前、は。
「お前は、なんなのだ」
「はい」
同じような質問を、前にもしたような気がする。そしてその時は、恐らく龍翠は答えなかった。今なら、答えてくれるだろうか。
「龍翠」
「質問の意味が、よくわかりませんでした」
じゃあ、考えろ。そう言いかけて、やめた。自分がすごく理不尽な質問をしているということに、ようやく気付いた。
黙って、その場から立ち去った。龍翠の背が、前より高くなっているように見えた。奴は、一体いくつなのだろうか。考えたことも、そういえばなかった。
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