第一話

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第一話

自分が美男であるということは、幼い頃から自覚していた。周りの人間から、常にそうもてはやされてきたからだ。顔がいい。綺麗な顔をしている。輝くような、美男子だ。惚れ惚れする。──投げかけられる言葉に、俺はすべて微笑みで返した。自分の顔がいいのは、当たり前だろうと得意げに思いながら。それでも、俺の家は貧しい農家だった。畑を継ぐことだけを教えられ、自分も農民となることを親に期待されていたのが、どうしても気に食わなかった。だから家出した。十五歳の頃だった。我ながらあの時は、正しい判断をしたと思う。村を離れ、城郭を歩いていると、やはり道行く人間(ひと)の視線が自分に向けられているのを感じた。それをまた快いと思いながら、俺はこういう場所で生きていくべきなのだとも思った。そこで目にしたのが、大勢の客に囲まれた──とある旅芸人の一座の、興行だった。  興行をしている芸人の顔はみな綺麗で、その腕前もなかなかだった。驚くことに、傍で控えている使用人や用心棒も、美男や美女が多かった。なるほど、この一座は顔がいい者しか雇わないのだなと気付くと、少し笑えてきた。演目がすべて終わってから、迷うことなく俺はその一座のお頭に、仲間に入れてくれと志願した。お頭はしばらく自分の顔をまじまじと眺め、それから黙って頷いた。拠点に帰っていく旅芸人の列の最後尾を、俺は悠々と歩いた。ときどき、みずぼらしい着物を着た盗っ人の集団がこちらを恨めしそうに見てくる。ひとりひとりに返した笑顔は、彼らにとっては皮肉なものにしか見えなかっただろう。  まず、三匹の仔犬を与えられた。ここに来てすぐに、お前は犬芸人になれとお頭に言われたのだった。いくつか年上の犬芸人に弟子入りをし、俺は日々稽古を重ねた。師匠はそれなりに厳しかったが、俺の出来があまりにも良すぎたせいか、たったの一年で演戯に出してもらえるようになった。若手犬芸人、紅彪林(こうひゅうりん)。その名はたちまち、至る所で噂になっていった。しばらくして──師匠が流行病で死んだ時、犬芸人の花形の座は、すぐに俺のものとなった。
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