第二話

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 一ヶ月も経てば、怪我もほとんど癒えていた。俺は前と同じように、自分の犬に稽古をつけたりしていた。他の芸人達は、龍翠の失敗などまるでもう忘れているかのようだった。俺が龍翠の代わりに、殴られたことも。何も変わらない、以前と同じだった。ただ変わったのは、龍翠と俺との関係──それから、龍翠自身だった。  龍翠は、俺をなるべく避けるようになった。いや、俺だけじゃなくて、他の芸人達との関わりも極力控えるようにしていた。何故かは、わからない。だから俺も何かある度に龍翠を呼びつけるようなことはしなかったし、身の回りの世話もさせなくなった。怖くなったんだと思う。誰が。……龍翠が。  妖艶な雰囲気を称えた笑みが、不気味なものになっている。茶色の大きな瞳には、一筋の光すらも見えない。他の芸人は果たしてその変化に気づいているのか、それともただ単に俺だけがそう思っているのか。見当がつかなかった。   それから、龍翠は演技の度に派手な化粧をするようになった。ただの化粧ではない。もとの端正な面立ちが分からないくらいに、顔中に色とりどりの模様を描き込むようになったのだ。それはまるで──そう、一言で言えば“化け物”。あまりにも気味の悪い化粧なので、他の芸人が龍翠にやめるよう促したが、龍翠は「紅隆様が何も言わないから」と言って結局やめなかったらしい。しかし、思ったよりずっと客の評判は良かった。見た目は化け物のようだが、素顔は美女。そういう印象の差異が、客の心を惹き付けたのかもしれない。でも俺は、そんな龍翠のことを少しこわいと感じるようになった。理由は、何か。奴の変化があまりにも急だったからなのか、もしくは──いや、やっぱりわからなかった。どことなく、わかりたくない気がしていた。
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