第三話

3/7
87人が本棚に入れています
本棚に追加
/409ページ
「やめよ。見苦しい」 突然、低い声が辺りに響いた。 「こ、これは……」 図体のでかい男が、戸惑ったような様子を見せた。声の主の方を見る。背の高い、男だった。この間見た綺麗な顔の男と、似たような着物を着ている。 「何を、肩をぶつけたくらいで。ここは、開封府だ。妓楼の女が自らの体を売るのと同じように、顔を売って生計を立てている者もいる。妬いて、いちいちつまらぬ事で口を出すでない」 宮中で働く者だと、確信した。それも、かなり上級の。しかし、何かしっくりこない。俺は別に、顔を売って儲けているわけではない。芸をしながら、稼いでいるのだ。そう言ってやりたかったが、やめた。俺は助けられたのだ、この男に。 図体のでかい男は顔を歪め、少し口ごもりながらそそくさと逃げていった。 「龍翠と言ったな」 宮中の男が、龍翠の方に近寄る。それからやはり素早い動作で、手に何かを握らせた。 「あの男にどのくらいの額をやったかは、知らぬが」 「……こんな、二倍どころの量ではないじゃありませんか。お返しします」 「黙って受け取れ。それから、簡単に自分の頭を踏ませようとするでない。もっと自分の体を大切にしろ」 「……しかし……」 男が、踵を返した。龍翠が、ありがとうございますと言って慌てて頭を下げる。集っていた人達が、何やらひそひそと話しながら少しずつ散っていった。 龍翠が、振り返る。そこではじめて、俺は龍翠の顔を見た。 頬に、なかったはずの赤い刺青が施されてあった。 「龍翠、お前、それ……」 龍翠は、黙っていた。 それから低い声で、 「行きましょう」  と言った。
/409ページ

最初のコメントを投稿しよう!