第一話

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顔がいい奴が、自分に自信を持って何が悪い。実際仲間の芸人達は、だいたい皆そういう感じだった。だから、芸人同士で対立が起きるのも珍しいことではなかった。お互いがお互いの人気を競い合って、その人気の程度で上下関係が出来ていく。察しの通り、俺はこんな男だ。若くして一座の上位に身を置き、その上それが当然とでも言うように居座っている。どれだけの妬み嫉みが、俺に向けられたことか。別に、気にしたことはなかった。出来る奴が、自分に自信を持って何が悪い。そう思い続けていた。今日もまた、大勢の客を前に演戯をする。終わると、花やら菓子やらを持った女が俺のところに寄って集ってくる。目の前の女達は、俺の微笑みになんの感情も込められていないという事に気付かないまま、のぼせたように顔を紅く染めている。 同じ芸人の、白藍(はくらん)の部屋に茶を持って行った。本当は使用人がやることなのだが、先輩である彼女に好意を持ってもらう為、あえていつも俺がやっていた。それから、時々世間話をする。さすがに白藍も人気の芸人なだけあって、話す口調もなかなかのものだった。 「彪林。もうすぐ、何人かの女の子がここに売られてくるって話は聞いたかい?」 「初耳ですね、それは」 「へえ。なんだって、みんな花のように可愛らしいんだそうだ」 「それはそうでしょう」 「それで、その子らの世話を誰がするかという話なんだが」 俺は、白藍の口元に茶を運んで飲ませてやった。白藍には、生まれつき手足がない。その芋虫のような身体と美貌を買った一座のお頭──紅隆(こうりゅう)様が、白藍を一流の芸人に育て上げたのだという。俺も初めは白藍の身体を気持ち悪いとは思っていたが、今ではもうすっかり慣れてしまった。 「はい」 「紅隆様が、あんたにやらせようという話をしていた」 「はあ」 数人の少女に、俺が稽古をつける。少し想像し難いと思うも、べつに嫌な気はしなかった。 「なんでよりによって、ぜんぶあんたに任せるんだろうね。他の芸人と、分担してやればいいのに」 「基礎知識を全員に均等に教え込め、ということなのでしょう」 「ふうん、なるほど」 「そうすることによって、それぞれの向き不向きがよく分かります」 「確かにそうだな」 「しかし、なぜ俺に」 「さあ」 「か弱い少女を厳しくしつけるなど、少々後ろめたい気もしますが」 「厳しくするかどうかは、紅隆様が直接話されるだろう。勝手にしろと言われたら、まあその時はその時だな」 白藍が、目線をちょっと外の方に向けた。夕暮れ時である。俺はふと、白藍が夕暮れが好きだと言っていたのを思い出した。 「旅芸人、か。妓楼や見世物小屋に売られるより、何倍もましなんだろうね」 白藍の目は、橙色の空のずっと奥を見ていた。
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