第三話

5/7
87人が本棚に入れています
本棚に追加
/409ページ
「……俺は、お前のことが知りたい」 俺の口が、勝手に動く。勝手に。 「……何故?私のことなど」 「知りたい。この際、全部俺に話してみろよ」 「何を」 「どうやって自分がここに来たか。親はどうしたか、とか。この仕事をどう思っているかとか、先輩をどう思っているかとか、俺のことが──好きか、嫌いか」 「何故、知る必要があるのです」 「……好きな女のことを知りたがって、何が悪い!」 気付かぬうちに、怒鳴ってしまっていた。無性に、泣きたくなってくる。龍翠が、目をこれでもかというくらいに見開いた。 心臓が、ばくばくと鳴っている。自分が何を言っているのか、分からなくなる。口が、また動く。 「知りたい。だから教えろ、俺の言うことが聞けないのか」 「それは」 「教える、と言え。早く。言え。言ってみろ」 「ちょっと」 「何だ。俺のことが、嫌いか。そうか、あんな理不尽な稽古をつけたのだものな」 「黙ってください」 「何だと」 龍翠の着物の襟を、強く掴んだ。そのまま、体を揺さぶる。龍翠がぐぅ、と苦しそうな呻き声をあげた。もう、何もかもどうでも良くなってきた。先ほどの、腹いせをしたいだけなのかもしれない。こいつに出会ってから、俺は自分が自分でなくなるような、そんな経験を何度してきただろうか。 「苦、しい」 「俺の心は、もっと苦しい」 「……」 龍翠の眼の光が、一瞬だけ強くなった。頬の刺青が、龍翠の表情とともに時々燃えるように動く。 襟を掴んだ手に、力を込めた。
/409ページ

最初のコメントを投稿しよう!