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「……俺は、お前のことが知りたい」
俺の口が、勝手に動く。勝手に。
「……何故?私のことなど」
「知りたい。この際、全部俺に話してみろよ」
「何を」
「どうやって自分がここに来たか。親はどうしたか、とか。この仕事をどう思っているかとか、先輩をどう思っているかとか、俺のことが──好きか、嫌いか」
「何故、知る必要があるのです」
「……好きな女のことを知りたがって、何が悪い!」
気付かぬうちに、怒鳴ってしまっていた。無性に、泣きたくなってくる。龍翠が、目をこれでもかというくらいに見開いた。
心臓が、ばくばくと鳴っている。自分が何を言っているのか、分からなくなる。口が、また動く。
「知りたい。だから教えろ、俺の言うことが聞けないのか」
「それは」
「教える、と言え。早く。言え。言ってみろ」
「ちょっと」
「何だ。俺のことが、嫌いか。そうか、あんな理不尽な稽古をつけたのだものな」
「黙ってください」
「何だと」
龍翠の着物の襟を、強く掴んだ。そのまま、体を揺さぶる。龍翠がぐぅ、と苦しそうな呻き声をあげた。もう、何もかもどうでも良くなってきた。先ほどの、腹いせをしたいだけなのかもしれない。こいつに出会ってから、俺は自分が自分でなくなるような、そんな経験を何度してきただろうか。
「苦、しい」
「俺の心は、もっと苦しい」
「……」
龍翠の眼の光が、一瞬だけ強くなった。頬の刺青が、龍翠の表情とともに時々燃えるように動く。
襟を掴んだ手に、力を込めた。
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