第四話

2/4
87人が本棚に入れています
本棚に追加
/409ページ
「やはり、紅成様に教わった方が上達するものなのかな」  ぼうっと壁にもたれかかっていると、通りすがった張引にそう話しかけられた。なんの話だ、と俺は顔をしかめてみせる。 「龍翠のことだよ。たしかにあれを考えついたのは紅成様だが、簡単な手妻は俺が教えることになっていた。でもな、俺がここはこうしろと指示を出すと、龍翠はいっこうに手が動かせなくなるんだ。動いたとしても、下手なやつが動かすあやつり人形みたいにな、ぎぎぎぎっと動く」 「龍翠の手が、ですか?」 「ああ。細かい手の動作が苦手なのか、それとも単に俺が怖いだけなのか」 「どっちも有り得そうな話ですがね」 「それがどうだ。見ただろ?紅成様が教えたとなると、あんなに手が滑らかに動いている。なあ、彪林。俺の顔が、そんなに怖いか?」 「顔だけの問題ではないと思います」  言いながら、ますます嫌な気持ちになった。紅成様だから、どうした。歳が近いから、気が緩んでいるだけだろう。張引、お前はもうじいさんだ。お前の堅苦しい稽古など、紅成様以外にまともに受けられる人間はいないんだよ。 「だが、彪林の厳しい稽古にも龍翠は耐えた。何故俺は駄目なのだ?」 「張引殿。俺があいつを叩きのめすと、あいつはそれこそ下手なやつが動かすあやつり人形みたいに、ぎこちなく歌ったものですよ」 「厳しいだけの稽古じゃ、もう駄目なのか。時代遅れか?俺は」 「あなたはあなたでいいと思いますけど」  こいつもよく、喋るようになったものだな。前までは、ただの無口な厳格じじいだと思っていたのに。なんだか、いろんな人間が変わっていっているような気がする。いや、もしかすると変わっているのは当たり前で、それに違和感を覚える俺がおかしいのかもしれない。──そう言いながら、いちばん変わったのはそれこそ俺かもしれないのだ。  張引は、龍翠と紅成様のいる部屋に入っていった。
/409ページ

最初のコメントを投稿しよう!