第四話

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「彪林!全員、紅隆様の部屋に集まれだってよ」 「全員?」  高延亮が、俺にだってよくわかんねぇよとでも言いたげな表情をしてみせる。今日は何も特別な日ではなかったはずだ。説教、というのもありえない話である。 若干不審に思いながら、部屋に向かった。白藍が、数人の使用人に抱えられて運ばれていた。落ちたら大変だろうな、といつも思う。顔が潰れてしまったら、それこそただの化け物だ、白藍は。想像したくもないことだが。 扈珀(こはく)がいた。長年、紅隆様の補佐をしている執事のような男だ。言葉を交わしたことがまず無いので、どんなやつかは知らないが、あまりいい印象を持っていない。その扈珀が、何やら厳しい目をしている。 「……全員揃いました」 「使用人もか?」 「はい」  この緊迫した雰囲気は、紅隆様と扈珀が生み出しているものだろうと思った。これは、説教かもしれないと若干びくつく。中央の椅子に座った紅隆様が、口を重々しく開いた。 「……この中に、一座の蓄えを盗んだ者は正直に名乗り出ろ」  沈黙。皆呆気に取られたような表情で、互いに顔を見合わせた。白藍は、澄んだ眼差しで紅隆様を見つめていた。それから、 「どういうことか、しっかり説明してくださいませ。紅隆様」  と言った。 「白藍」 「いきなりそんなことを言われたところで、何も知らぬ者は混乱するだけでしょう」 「確かにそうだな」 「蓄えって、銀の事だろ?そんなに金に困ってるやつがいるのか?」 「高延亮、静かにしろ」  ざわつき出した空気を、紅隆様が咳払いで静めた。また、重々しく口が開く。 「扈珀が、近頃徐々に蓄えが減ってきている事に気付いた。様子を見る為、しばらく黙っていたが、減る量はじわじわと増えていくばかりだ。いくら見張りを付けても、犯人は見つからない。それなのに、蓄えた銀は減っている。巧みな技を使う、小賢しい泥棒だな。まあ、ここで呼びかけたところで犯人は自ずと出てきやしないだろうが」  紅隆様が、皮肉な笑みを浮かべた。 「念の為。まさかこの中にいるのではないだろうな、と思って」  ざわつきが、また広がる。やはり白藍だけは冷静で、紅隆様の目をただじっと見つめていた。 「芸人達は、十分な給料を貰っています。特別な理由がない限り、それ以上の銀を欲しがろうとはしないと思います」 「まあそうだよな。俺もそう思う」 「高延亮、お前が一番信用し難いぞ」 「俺は白藍の言ったことに同意しただけだ、張引!」 「では、使用人の可能性が高いということですか、白藍殿?」 「なんであたしに聞くんだよ。彪林もそれくらい考えられる脳は持ってるだろう」 「銀ねえ。同僚のならまだしも、よりによって紅隆様のもとから盗むなんて、大した度胸のやつだなぁ」 「そこよ、高延亮」 「そうだよ。銀が欲しいってだけなら、なんでわざわざ紅隆様のもとから盗むんだよ」 「何か別の、目的があったりして。なあ、龍翠はどう思う?」  高延亮に言われて、龍翠が驚いたような表情をする。どうしていきなり自分に振るのだ、と思っているのだろう。 「……ここは一座の者ではなく、盗っ人の仕業だとも考えられるのでは?」 「いや」  それまでずっと黙っていた扈珀が、龍翠の言葉を遮った。 「芸人達ですら分からぬ場所に、蓄えは隠しているのだ。それが盗っ人ごときに見つかるなど論外」 「なら犯人はお前だったりするんじゃねえのかよ、扈珀」 「高延亮、言葉が過ぎるぞ」 「ああ。あんたは知らないだろうが、扈珀はずっと昔から紅隆様のお傍にいたんだ。あんたよりもよっぽど信用できる男なんだよ」 「自信たっぷりに言うな、白藍。手足がないからって、自分が疑われることはまず無いと思っているだろう」  「こら、やめにしろ……」 「チッ、こういう時にお調子者は困るんだ」 「静かに」  紅隆様が、張りのある声でそう言った。高延亮がいかにも不機嫌そうな顔で、姿勢を正す。 「もうよい。名乗り出る者を最初から期待していたわけではない。散れ」 「……よろしいのですか?」 「犯人探しの術は、これからいくらでも──扈珀、お前が考える。そうだろう?」 「……はい」  また、紅隆様が笑う。不気味な笑い方だ、と俺は思った。もし犯人が捕まったら、どうなるのだろう。ただクビになるだけじゃ、済まないような気がする。そんな気を感じさせるほど、この人は恐ろしい人だったか。思い出しても、思い出せそうにはなかった。いくらか沈んだ心持ちで、それぞれが部屋から出て行った。
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