87人が本棚に入れています
本棚に追加
/409ページ
高延亮が、大怪我をした。興行の最中だった。椅子の上に椅子を置き、それを繰り返して十個あまりの椅子を重ねたところで、その上で高延亮が片手倒立をする。その芸に失敗して、高延亮はかなりの高所から落ちてしまったのだ。まさか高延亮に限ってそんなことは、と誰もが思ったが、落ちた時の騒ぎはとにかく大変なものだった。いくつもの椅子が崩れ落ちていく音と、その後で上がる砂煙と……呻き声をあげる高延亮の姿が、今でもはっきりと瞼に焼き付いている。
医者は深刻な顔をしていた。骨折だったのだが、場所があまりにも悪すぎた。背骨を折ってしまったのだという。治っても、四肢麻痺が後遺症として残るだろう、という話だった。軽業師にとって、手足が動かなくなるというのは、使いものにならなくなるのと同じじゃないか。使用人たちがそう話していたのを、俺は痛々しい気持ちで聞いていた。
「高延亮殿」
「……彪林」
「具合は、どうですか」
「酷いもんだよ。痛みはだいぶ引いたが、ほんとに手足が動かねえ。動かねえんだ」
「……それは」
「怖ぇよ。これからのこともそうだけど、俺が怖ぇのは……」
それきり、高延亮は喋らなかった。ただ、明るかった雰囲気のかけらも残っていない。見舞いに行く度に、俺が感じたのはそれだけだった。
「高延亮も、災難だよねえ。見舞いに行ってやりたいが、生憎あたしも手足がないから」
「伝言はありますか?」
「手足がどうにもならなくたって、生きてりゃなんとかなるよ。このあたしが言ってるんだ、信じなよ……。そう言ってくれないか、彪林」
「わかりました」
「──すまないね」
最初のコメントを投稿しよう!