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紅隆様が、ひとりひとりの歌を聴きたいと言った。それを少女達に伝えると、半ば強ばった表情で互いにひそひそと何かを話し始めた。ただ、龍翠は黙ってそれを聞いているだけだった。心配するなと甘い声で少女たちに囁きかけ、紅隆様の部屋に連れていく。
「左から順に、歌え」
紅隆様の声は低く、地に響くかのようだった。怖気付いたらしき少女たちの中に、やはり龍翠はじっと座って待っている。左から順だと、龍翠が歌うのは一番最後となる。
次々と、似たような歌声が連続した。少女たちの声はそれこそ鈴のようだったが、それはあまりにもか弱すぎた。震えている。表情も、硬い。仕草も、ぎこちない。これが龍翠だったら、俺は迷わず殴り倒していたところだった。
紅隆様は、眉一つ動かさない。
龍翠の番になった。
紅隆様に向かって、龍翠はそっと微笑んだ。自分に向けられている訳でもないのに、俺は思わずぞくりとした。それから、少し目を細めた。それに応えるように、紅隆様も目を細める。しばらくして、透き通るような低い声が耳に響いてきた。何度も聴いたはずなのに、その声はいつもと違うように──いや、違う女の声のように感じられた。鳥肌が立った。紅隆様の瞳が、震えたように少し動く。龍翠の声が、高くなった。この世のものとは思えないくらいに、美しい声だった。
「龍翠を、明日の演戯に出す」
歌い終わると、すぐに紅隆様がそう言った。数秒、その場に沈黙が流れる。龍翠は、しっかりと紅隆様の目を見ていた。そして、
「ありがとうございます。全力を尽くしてみせます。紅一座の名に、恥じぬよう」
と言った。歌声に劣らぬ、美しい声音で。
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