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第三話
「彪林。お前、今日は調子が優れなかったのかい」
白藍が言う。やはり、皆気付いていたのだ。先程、高延亮にも同じようなことを言われた。幸い紅隆様には何も言われなかったが、俺の一瞬の戸惑いに気付いていないとは思えなかった。
「……ええ。少し」
「あの日の龍翠と同じ、固まり方だったね。お前は何も、最後の礼を忘れることなどは無いだろうに」
「……」
龍翠と、同じ。心に引っかかっていたものが、微妙に動いたような心地がする。
「言ってご覧。心に何か思うことがあるのだろう」
「……実は」
「うん」
白藍になら、言ってもいいような気がしていた。こんなことを話すような仲ではなかったはずだ。自分もつくづく変わったな、と嫌でも実感させられる。
「──客の中に、思わず惹き付けられてしまうような……美男がいたのです」
「美男?」
白藍が一瞬だけ、呆気に取られたような顔をする。そしてすぐに、声を上げて笑いはじめた。
「美男、だと。お前まさか」
「違います。あれは……男の、普通の男の俺であっても、はっとさせられるような、そんな綺麗な顔の男で」
「ふうん。まあいいや、もっと詳しく」
「……その男の顔を見ていると、頭が真っ白になってしまって」
「へえ」
「見事な着物を着ていました。おそらく、宮中の者でないかと」
「宮中、か」
白藍が、少し考える表情をしてみせる。それから、静かな声で言った。
「田旭、という男じゃないのかい、それは」
「いえ、名前までは……。白藍殿、ご存知なのですか?」
「噂でちょいとばかり聞いたことがあるんだ。宮中で働く文官に、とんでもない美男子がいるとね。しかも、まだ随分と若いんだと」
「田旭」
沈黙が、続く。頭の中に、あの男の顔が浮かんできた。もしかしたら、自分より……美男かもしれない。ふと、何かもやもやしたものが心の内に広がってきた。
白藍に茶を飲ませてやったあと、俺は静かに部屋を出た。
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