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第四話
開封府に滞在して、かれこれ一ヶ月は経った。が、あと二ヶ月はここで興行をすることになりそうだ。相変わらず俺の気分は晴れないままで、龍翠の顔を見ると何故か苛苛するようにもなった。行き場のない感情は、すべて龍翠本人に吐き出した。
「おい、ウスノロ」
「……私のことでしょうか?」
龍翠が、紅成様に手妻(手品)を習っていた。戯れの一種だろうが、二人が楽しそうにそれをやっていたのがとにかく気にくわなかった。まず、この二人はちょっと前までは不仲だったはずだ。いつの間に、仲良くなったのか。
「貴様以外に誰がいる。ウスノロ、呼ばれたらはいと返事をしていればいいんだよ」
「……次から気を付けます」
「面白くないやつだな。それより、どうして手妻など習う?お前がそれを覚えたところで、無意味な稽古にしかならんと思うが」
「彪林殿、これは」
「曲芸の一種なんだよ。俺が考えた」
紅成様が、張りのある声でそう言った。眼の光が、強すぎるほどに強い。相変わらず無礼な口調だが、どれだけ注意されても直す気はないらしい。
「曲芸?」
「龍翠が、俺の真似をして簡単な手妻をする。そこでわざと失敗して、客の笑いを取る。そういうもんなんだ」
「……」
言い返す言葉がなかった。二人を順番に睨んでから、俺は部屋から離れた。二人の弾んだ話し声を、背中で聞きながら。いまいましい気持ちは、更に度を増していくばかりだった。
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