ピーナッツ

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ピーナッツ

5年後、再会するとは思わなかった。会社内ですれ違いに見ただけだった。菅谷さんは、あの頃より何もかもが大人になっていた。髪型もさっぱりしたし、アイロンがかけられたスーツを着て、キマッていた。ショックだった。  私の知らない菅谷さんだった。声をかける勇気がなかった。本当に一瞬だったから、菅谷さんが私に気づいたかどうかは知らない。 ただ、心の中で叫んだ。菅谷さん、私は今でもあなたのことが好きなんです。どうしてくれるんですか。  菅谷さんは、海外事業部に出入りするようになった。といっても、直接関わることはなかった。別の係の受け持ちだったし、対応は上司がしていた。それに加えて私は、巧みに菅谷さんを避けていた。社内の社員スケジュールアプリを確認し、彼との打ち合わせがある日はなるべく外に出るようにしていた。彼には、彼女なり奥さんがいるのだと勝手に確信していたからだ。あのしわくちゃのシャツを着ていた彼があんなびしっとするなんて考えられない。そして、私は、菅谷さんを目の前にしてしまったらなんか泣いてしまいそうな気がしてならないのだ。なぜか会社ではクールなイメージになっているような気がして、菅谷さんの前では、絶対そんなクールでいられる自信がない。美咲がきっと菅谷さんの情報をキャッチしてくるに違いない。私は、本人には言わず、美咲の偵察の結果を聞こうと、美咲を食事に誘い、週末一緒に飲むことにした。お通しのピーナッツがうまい。中華風の辛さに味付けされた麻婆ピーナッツだ。  「どう、新しい恋は順調?」  いつから先輩ぶるようになったのだろう。会社ではいつもそうだ。後輩体質なのだが、人間、実際に後輩ができるとこうなるのかもしれない。美咲の前では、なんか大人っぽくいたいと思ってしまう。  「直接は聞けてません。菅谷さん、隙がないんですよねー。忙しんだか、いつも係長と真面目に打ち合わせして、さーといなくなっちゃうんです。でも指輪はしていませんでした。まあ指輪なんてしない男性の方が多いですからなんとも…」 確かに不確実な情報だ。ルーズだからしない気がする。でも美咲の勢いでも聞けないとは結構鉄壁だな。まあ興味ない人の話、一切耳に入ってこないタイプだからな。 「でも有力情報をつかみました!いつもお弁当持ってきているみたいなんです。彼女か奥さんか…」 「自分で作ってるんじゃない」 学生時代も自分で作っていた。それこそ、なんともな情報だ。 「えー。自分で作るなんてあります?絶対ない!」 「じゃあ係長に聞いてみてくださいって言ってみたら」 「今日、言いました!来週、研修会で会うみたいなんで、それとなく聞いてみるって言ってました」  来週の情報に期待だな。美咲と別れ、一人電車に乗ると、懐かしい人から、メッセージが入った。バイト時代のメンバーだ。私と同時期に入ったスタッフがやめるので、送別会をするから来ないかというのだ。当時、結婚したばかりで仕事を探していたという愛美さんは、私が店舗のバイトを終えるのと同時に出産でお休みすることになった。10歳年上だったが、本当に私と同期だった。それから3年後にはまたパートとして働き続けており、私が店舗によるといつも笑顔で迎えてくれた。もちろん行きますと送ったあと後悔した。菅谷さんは来るのだろうか。来てほしいけど、来ないでほしい。電車の中で、悶えていた。そんなことを思っていたら、菅谷さんの連絡先知ってるかという返事が来た。知らないと応える自分が、切なくてやるせなくなった。
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