隣人

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 引き出しは滑るように閉まった。ことりと音を立てたきり、六畳の部屋は沈黙する。  窓から金色の光が静かに射し込んで、机に私のシルエットを映し出していた。光の粒のようにも見える埃が舞い上がり、微動だにしない私を取り巻いて、肩に腕に降り積もる。  鼻をすする。涙は出ない。出す資格はない。  引き出しに手をかけたまま、私の目は虚空を見つめていた。怜の笑顔がほわりと浮かび、横切った影に跡形もなくかき消された。  怜は違う世界を生きていた。さる文豪の著名な詩のように、怜は病気にもならず、泣くこともなく、いつも静かに笑っている少女であった。  私は密かに彼女を「隣人」とし、特別な目で見ていた者の一人だ。幼馴染である私の目が徐々に出会った当初のそれから変わっていくのを、怜は変わらずににこにこ笑って見ていたのだろう。  私と怜、そして陽奈美は、幼稚園で同じ組になり、一緒のグループだったのですぐに仲良くなった。活発的な陽奈美、穏やかな怜。陽奈美がいつも遊びを提案し、私と怜がそれに賛同して、飽きることなく三人で一日中遊んでいた。  そんな日々は小学三年生に進級し、私が彼女らと違うクラスになるまで続く。 「たくさん、クラスに会いに行くから」  不安げにしている私の両手を握り、陽奈美は真っ直ぐな目で言ってくれた。事実、彼女は四月当初は毎日のように会いに来てくれたのだが、五月に入り、運動会の練習が始まる頃にはなかなか来なくなっていた。元々、怜は最初から来てはくれなかったが。  私も新たなクラスで友人ができなかったわけではなかったから、二人を責める気はなかった。ただ時々、日が暮れるまで遊んでいた日々を思い出し、ふと寂しくなるだけで。陽奈美とすれ違うたびに、いつも多くの友人を連れて笑っている陽奈美を見て、少し置いてけぼりになったような気がするだけで。陽奈美は優しいし話すのがうまいから、友人が多くて当然だと自分に言い聞かせていた。  怜は私を見るたびに、嬉しそうに手を振ってくれた。隣に誰もいなくても、彼女はいつでも笑っていた。
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