430人が本棚に入れています
本棚に追加
三四さんが先生に依頼したのは――。
家賃滞納者からの『取り立て』。
家賃を数ヶ月分不払いのまま溜めているこのあたり一帯の住人達から、家賃をきっちり回収してくるという役どころらしい。
「うら若き女子一人では何かと心細いもので。万世さんにも時々同行をお願いしているんですのよ」
三人で迷宮通の狭く暗い路地を行く。
この通りは治安が悪く、雑然と雑居ビルやアパートや廃屋なんかが建ち並んでいて、一体どこに誰が住んでいるのか、どこが空き家でどこがそうでないのか外観だけでは判別がつかない。
住み始めて二ヶ月程経ち、ようやくこの通りを歩くのにも慣れてきたけれど、初めて訪れた時はリアルなお化け屋敷みたいだと感じたものだ。
「お手伝い頂く見返りに、よくお宅の家賃支払期日を延ばしてましたわね」
「――近頃は、滞りなく収めていますよ」
「ええ。お仕事が順調のようで何よりですわ」
ここら一帯の物件を所有、管理しているのが元々大地主である『四ツ谷ハウジング』。三四さんのお父さんが経営する不動産業者だ。三四さんも家業のお手伝いをしている。
ぼくたちが生活しながら七十刈探偵舎の事務所として使っている古民家も、先生が『四ツ谷ハウジング』から賃貸している。月三万円という破格の家賃で。
「でもどうして万世先生なんです? ボディガードを頼むなら、もう少し屈強な方のほうが」
「あら。万世さんこそ、これ以上ない適役ですのよ」
万世先生は、強い御方だ。
ただしそれは――呪詛とか妖とか、この世ならざる分野に限ってのこと。体格に恵まれた暴漢が本気で襲ってきたとしたら、小柄でひょろい万世先生では肉弾戦はあまり期待できそうにない。危険だ。まぁ、ひょろさならぼくも決して人のことは言えないけれど。
なので、三四さんが大家特権を利用して単に万世先生と一緒に出掛ける口実を作っているだけなんじゃないか――とぼくは正直疑っていた。どうもこの人は先生に少なからず好意を持っているらしい。肌で感じる。あの手この手で接点を持とうとする気持ちは分からなくもない。
そんなぼくの疑いの視線を物ともせず、口元に特徴的なえくぼを作りながら、三四さんは自信たっぷりに言い切ったのだ。
「見ていれば、分かりますわ」
最初のコメントを投稿しよう!