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「――この部屋で最後ですね」
迷宮通九番地の端に佇む年代物のアパート。ぎぃぎぃと軋む木の階段を上り、細い廊下を突き当たった一室の前にぼくらは立っていた。玄関横のポストにはチラシや郵便物がぎゅうぎゅうに詰まって溢れかえっている。
先生がドアノブをがちゃがちゃと弄っている。
鍵がかかっているらしい。
「四ツ谷さん。――ここの鍵をお持ちですよね」
「ええ。マスターキーがありますわ」
三四さんが、小さなハンドバックからじゃらりと鍵束を取り出す。つくづく用意周到だ。この人からは逃げられる気がしない。
「ご覧なさい。扉の取っ手に薄く埃が溜まっています。郵便受けもこの状態となると……持ち主の方はここを長い間留守にしているか――あるいは、鍵をかけたまま中で倒れているか、でしょうね」
「えっ。それって――」
孤独死――という不吉な単語が頭を掠める。
先生は三四さんに部屋の前で待機しているよう指示をした。最悪の事態が起きている可能性もある。ショッキングな現場を見せてしまわないよう、先生なりに配慮したのだろう。
「まずは僕と七五三君で様子を見てきますので」
「お優しいのね――わたくし、多少のショッキングな現場でも平気ですのに」
口を尖らせる三四さんを置いて、ぼくと先生が入口の扉を勢いよく開け放つ。と――部屋に充満していた空気が一気に流れ出し、油のような薬剤のような、独特の匂いが鼻を突いた。
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