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軽食パーティー当日。
折角だからと万世先生にも声をかけてみたら、
「生憎調べものがありますし、調べものが無くてもあそこへは行きたくありません」
と微妙な言い回しで断られてしまった。顔を突き合わせるたびに睨み合っているし、やっぱり先生は都九見准教授のことがあまり好きではないのだろう。肩を落としたぼくを、呑気な五夢がよしよしと励ましてくれる。
「いーじゃん。男三人で楽しくやろうよ」
「でも五夢が女の子を誘わないなんて珍しいね。誰か同じ学部の子に声かけてくれてもよかったのに」
「いーのいーの。ボクよりイケメンが二人も居たら視線が散るし、准教授がらみのイベントじゃテイクアウトもしづらいし」
と、ぼくには理解できない持論をぶちまけている。
「よく分からないけど、確かに男性のお宅に女性を呼ぶなんて良くないもんね。しかも准教授の家だし」
ぼくなりの考えを話すと「そうそう」と雑な相槌が返ってきたので、大方合っているのだろう。
地図アプリを頼りに辿り着いた都九見准教授の住所地を見上げる。数多町に南接する市の中心部に建つ高層マンションだ。
「さすが儲けてるだけあるよね~。所謂タワマンの上層階ってヤツだ! 映える~!」
と五夢はエレベーターに乗り込んだ時から、既に楽しそうにはしゃぎまくっている。ガラス越しに上下に流れていく見事な景色。数多町の山々までもが一望出来る。
「そういえば、ぼくも五夢も自宅は一軒家だもんね。ぼくなんて、いまだに自宅の敷地がどこまでなのか把握してないもん。マンションとか、人生のうちで一回くらいは住んでみたいなあ」
「いやいや、ガチ洋館なミルの家のほうがロマンあるっしょ……でも、気持ちは分かる。ぼくも家の人とかメイドさん居るのマジ息苦しい時あるし、こんなふうに見晴らしイイとこで色んなもの見下しながら生活して~」
ぼく達は二人とも世間で言うところの『それなりのお家柄』なので、実家の窮屈さがとんでもないのだ。
「しかもぼく、七五三家に去年来たばかりでよそ者扱いだからね。唯一話をしてくれるのが使用人さんの息子さんだけっていう結構つらい状況なんだ」
十九才の頃。突然現れた実父に引き取られる形で、ぼくは母と暮らしていたボロアパートからあの壮麗な屋敷に移り住んだのだ。二ヶ月前に万世先生の探偵舎に引っ越すまでは、心休まらない日々が続いていた。
「ミルミルのご家庭事情、複雑だから大変そうだよね。ウチも病院の経営権巡って親族同士すったもんだしてるし、何で家ってこんなにややこしいんだろう! 皆仲良くって学校でさんざん習ったのに、大人たちが全然仲良くない!」
二人で家庭の愚痴をこぼしていると、マンションの最上階に到着した。エレベーターを降りて一番奥の角部屋が、都九見准教授のお宅だ。
チャイムを鳴らすやいなや、待ちかねていたかのように部屋の主が玄関のドアを開けてぼくらを招き入れる。
大学の時とは少し雰囲気が違って見えるのは、私服姿だからなのか。ゆるりとしたサマーセーターに細身のチノパン。癖のある若白髪を無造作に流してセットしている。爽やかなお兄さんという感じだ。
「やあ、二人とも! 待っていたよ~さあさあ」
中へ案内され、廊下を真っ直ぐ進んでいくと広々としたリビングダイビングに到着した。外観から察するに、このマンションの南向きの壁面は総ガラス張りになっているはずだ。最上階角部屋からの展望は、いかほどのものだろうか。期待が膨らむ。
「……すごい眺め……」
あのうるさい五夢までもが息を呑んで静かになるほど、確かにそれはすごい眺めに違いなかった。
広い部屋に所狭しとひしめく奇妙な置物や土器、埴輪、お面などのいわくありげな品々。そして全面ガラス張りの窓の前を埋め尽くすように、高く積み上げられた書物。すっかり本の要塞が形成されていて――景色が全く見えない。
「折角のガラス張りが意味なしてねぇし!」
若者二人の心の底からのツッコミは、見えない空に向かって空しく吸い込まれていった。
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