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「第三問。これが最終問題だよ。
『たこ焼きと掛けて、家に旦那が一人きりと解く。その心は?』」
最後までたこ焼き縛りでいくつもりらしい。
「よっしゃミル、この調子でツグセンぶっ倒そうぜ!」
「……五夢もちょっとは考えてよね」
「考えてる考えてる! 中々惜しいところまでいってるって!」
五夢はいいヤツだし勝負強い面はあるけど、頭脳はそんなに鋭くないので、正直戦力としては期待できない。
でもさっきみたいに連想していけば、ぼくだけの力でも難なく解くことが出来るだろう。少しばかり肩の力が抜けたところで「そんなことより先生今頃どうしてるんだろう」と急に気になって、万世先生にSINEアプリでメッセージを送ってみる。
数分のタイムラグを経て「にくだんごおいしかったです」と返事が戻ってきたので思わず頬がゆるむ。用意しておいた昼食はお気に召したらしい。
「おや、真剣勝負の最中によそに気をやってもいいのかい? さては万世君からメッセージでしょう。七五三君はすっかりいい奥さんみたいだねぇ」
「住み込み助手ですから、このくらいは当然ですよ」
ツグセンがからかってくる。
呪われた『体質』を抱えながら家で所在なく過ごしていたぼくにとっては、ささやかながらも自分に出来ることを通じてお役に立てている今の状況が幸せなのだ。変に茶化さないでほしい。
「ところで――以前私と万世君の間柄について聞きたがっていたよねぇ、七五三君」
「えっ。今その話ですか……?」
「うん、今その話だよ。邪魔も入らないし折角だから」
眼鏡を外した都九見さんが、ニィと口の両端を上げ、白い歯を見せて笑った。少しだけ尖った犬歯が覗いている。表情は笑顔のはずなのに何故か背筋がぞわっとざわつくのを感じた。本能的に。
「万世君、七年程住んでいたんだよ。ここに」
爪楊枝ごとたこ焼きを取り皿の上に取り落とす。
脳みそをガン、と揺らされたような衝撃がぼくを襲った。突如押し寄せてきた予想外の情報の濁流を脳がうまく処理しきれない。
「――は……」
「一緒にこの部屋で暮らしてたのさ。あれが三年前に探偵舎をすると言って出ていくまではね」
「へぇ~意外! ツグセンとカピって親戚か何かなワケ?」
「血の繋がりはないよ。……僕らにも色々あるのさ」
フリーズしかかっている頭で辛うじて一桁の足し算をしてみる。三年前に出て行って、七年間住んでいた? ということは。
――十年前。
頭の中で記憶の欠片がパズルのピースみたいに繋がっていく。仲が良いんだか悪いんだか分からないなりに幾分近めに思えた距離。時折交わしていた妙な会話と視線。准教授が馴れ馴れしくしても不機嫌そうに許していた先生。大勢の前に出なさそうな先生が「ツグミステリーナイト」に協力したのも。
全部相当な昔馴染みだったからこその。
「……先生、……先生先生先生先生先生先生…………」
「ちょ、おいミル! ミル! どうしちゃったの? 急に変なモード入んないでよ!」
「あっはっは! さぁ二月君。頼りの相棒はどうやら戦闘不能状態のようだよ。君が答えなさい」
「旦那が家に一人ってことは……えぇっと、宗教の勧誘!」
「ぶっぶー。掛かってないね」
「じゃ、じゃあ、……その心は、愛人呼んでる! 不倫! ゲス!」
「発想は面白いけどそれもハズレだよ」
「じゃあ、アツアツ! アツアツの不倫!」
「君、スキャンダラスなところから離れなさいな」
友人がわぁわぁと必死に騒いでいるのが、はるか遠くのほうで聞こえる。ぼくの意識は完全にここから離れた時空にまで飛んでしまっていた。
「はい残念~。ここでタイムアップ。
たこ焼きと掛けて、家に旦那が一人きりと解く。
その心は――つまようじ(爪楊枝、妻用事)でした♪」
両手に持った爪楊枝に、都九見准教授がぷすりぷすりとたこ焼きを二つ突き刺す。距離を縮め、恍惚とした表情でアタリの激辛ソース入りたこ焼きを、ぼくたちの口の中へ思い切り押し込んだ。
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