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「――う……ぅぇ、っ……げほっ……」
口の中が、辛い。というより、痛い。痛い。痛い。
山火事みたいに絶えず燃え上がっている。
元々激辛が得意な五夢はどうか知らないけど、甘党なぼくにとっては劇物に等しい物体だった。こんなの口に入れたこともない。
「――ひ~、くそっ、想像してたより辛ぇ……悪ィ、ミル。しくじっちまった」
「っ……いや、こっちこそごめん……戦士の負けは、連帯責任だよ……」
一方都九見准教授と言えば、性根のサディスティックさをもはや隠しもしないうっとりした表情で、床に転がるぼくらを見届けている。
「弱点を突いて崩すのは、戦術の基本でしょう?」
悔しい。
口内がひりひりする。心の内側もひりついている。悔しい。とにかく悔しい。
なぞかけ勝負には勿論敗れてしまったけれど、それ以外の領域でも圧倒的に打ち負かされてしまったようで、たまらない。重々しく複雑な感情が腹の内に溜まって、渦を巻いている。
十年前、か。
民俗博物館の資料室みたいなこのマンションの部屋で過ごす、十八歳の万世先生と、二十五才の都九見青年の姿を想像してみる。でも駄目だ、やっぱりうまくイメージ出来そうにない。
この准教授は年月の積み重ねもあって、ぼくの知らない万世先生のことをどうやら沢山知っているらしい。一方でぼくはまだ、先生の抱える事情を殆ど知らないのだ。
ぼくに出逢うまでの先生は、どんなふうに生きてきたんだろう。何を背負って、どんな過去を過ごしてきたんだろう。
心の奥底からふつふつと湧いてきた、本能にも似た渇望。希求。意志。
ーーぼくは、知りたい。
あの人のことをもっと知りたい。内情に立ち入りたい。踏み込みたい。年月のギャップを埋めたい。真相を見定めて、深層まで理解したい。
「都九見准教授。ーーぼくは、負けませんよ」
今一番近くに居させてもらっているのはーー他でもない、このぼくなのだから。
「ふぅん。急にイイ目になってきたねぇ、七五三君。口の中だけじゃなく心にも火がついたのかな。もう一勝負するかい。昔から勝負事は大好きなんだよ」
再点火されて熱を増していく鉄板。くすぶる火種。じゅうじゅうと音を立てて形を成していく、たこ焼きたち。
缶の中に残っていたフルーツサワーを一気に飲み干すと、ぼくはゆらりと身を起こす。ピックを握りしめ、目の前の強大な敵の姿を捉えた。
「……地獄は十分見せていただきましたから、もう怖いものなどありません」
「ミル? おーいミルミル? 目が完全に据わってるんだけど?」
「じゃあ今度は地獄の底の底でも覗いてみるかい。いやぁ、君たちと心ゆくまで言葉遊びが出来て今日は良い日だ。なぞかけ日和だ。いやはや、たこ焼きと掛けて、大団円と解く。その心はーーまぁるくおさまる♪」
「ーーお、さ、ま、っ、て、ね、ぇ!」
奮い起つ魂の咆哮が、熱気とともに高層マンションの一室にこだました。
数多町七十刈探偵舎
幕間『都九見の目論見』 終
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