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『アカシアキングダム』をぼくに勧めてくれたのは同級生のSNSインフルエンサー、二月 五夢だ。
近頃、世間ではどういうわけか謎解きが一大ブームになっている。一体何が火付け役になったのかは分からないけれど。とにかく大流行しているのだ。
老若男女を問わず沢山の人が謎解きイベントに参加し、知恵比べの番組を欠かさず視聴し、行列して新作のパズル本を買い求めている。すごい盛り上がりっぷりだ。
流行りものを追いかけるのが大好きな我が親友二月は、さっそく話題のテーマパークを訪れたらしく、ピンスタグラムに楽しそうな写真がアップされていた。カラフルな迷路の中でポーズを決めている彼のソロショット。いつもながら、おしゃれ中性的男子としてのトータルコーディネートも抜かりない。目眩がするほどのイイネの数がついている。
「ここ映えるし、謎解きとかリアル脱出も色々体験出来るからオススメだよ! この間『カノジョ』と出かけてきたんだよね~」
言いながら、スマホのカメラロールの写真を順番に見せてくれた。ピンスタグラムの投稿とはうってかわって、肩を組む、頬を寄せるなど同行者の女の子との距離近めのツーショットが並んでいる。
「……こないだ『カノジョ』って言って見せてくれた子と別の女子に見えるんだけど」
「えーと? どのコ見せたっけ。いやぁホラ。浅く広くっていうの? お近づきになるチャンスは極力逃したくないしさー」
悪びれもなく笑う。『恋人』とか『交際』についての解釈がぼくの思っているそれとは全く違うらしい。一見少女のような可愛らしい外貌に反して、五夢は相当な肉食系なのだ。多方面の相手と関係を持ち、しかも取っ替え引っ替えし続けている。そのうち痴情のもつれが原因で誰かに刺されかねないなぁといささか不安を覚える。
「でも謎解きって頭使うんじゃないの。五夢大丈夫?」
「ヘーキヘーキ。難易度選べるのもあるからね。初級から始めたらバカでも進める親切設計だし、ヒントも見られるし、女の子にもかっこいーところアピれて万々歳。しかも――協力プレイで二人の仲もぐんと深まる!」
「えっ、何その要素。仲良くなれるの?」
「そっそ。一緒にあーでもないこーでもないって頭使いながら協力してミッションをクリアしていくからさ。苦労と感動をたっぷり分かち合って、ゴールする頃にはすっかり距離も縮められてるってワケ」
「へぇ――」
協力謎解きで絆が深まる――良いことを聞いた。
万世先生の姿を思い浮かべてしまったのが、目の前の友人にもバレていたらしい。カラコンの入ったアーモンド型の大きな目を悪戯っぽくにまにまさせながら、こちらを見上げてくる。
「ミルミルもカピと一緒に行ってきたら? あの人、謎解きとか好きそーだし」
「だから万世先生のこと『カピ』って呼ぶなって……。好きっていうか――それが先生のお仕事だからね。依頼が無い時も暇さえあれば難しそうな暗号文読んでるし」
「好都合じゃん。ずっとやってるなら少なくとも嫌いじゃないっしょ」
それもそうだ。仕事ならともかく、それ以外の時もずっと謎浸りの生活をしているのであれば――それはきっと立派な中毒だ。呪詛としての『なぞ』を解くことに留まらず、きっと先生は謎を解くことがお好きに違いない。
崇敬している万世先生と仲良くなるまたとないチャンスだ。出逢ってからまだ三ヶ月程しか経ってないぼくたちだけど、ぼくはぼくなりに先生との距離を思い切って縮めていきたいと考えているのだ。
あの准教授には負けたくない。
「謎中毒のカピにもオススメ出来そうなのが、目玉アトラクションにもなってる『ナゾトキ勇者王と呪われた迷宮城』ってやつ!
パークのど真ん中にドカンって建ってる『アカシックパレス』っていうデカい城の中が、まるごと謎解きの舞台になってるんだよ。ボクたちが勇者王ご一行になって進んでくんだけど――まじ中のクオリティも謎のクオリティもヤバかった! 広すぎて脱出すんの三時間半もかかったし」
「三時間半――! ボリュームすごいね」
「険しいほど燃えるってヤツ?
しかも、選択肢によっていくつもルートが分かれてて、噂によると秘密の隠しルートまであるらしいよ。なんかそういうのもワクワクするよなー! SNSでも行けた奴見たことないから、ただのガセかもしんないけどさ」
ま、チャレンジしてみなよ! と五夢がぼくの背中をバシンと叩く。相変わらずの馬鹿力につんのめりながら、ぼくは先生を連れていこうと心に決めたのだった。
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