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「――謎は『現実』。謎は『世界』」
ぱちぱちぱち。
崩れ落ちた『魔王ザオン』――キィ君の着ぐるみの残骸から、拍手をしながら出てきたのは黒いびしっとしたダブルの高級スーツを着込み、薄く色の入った洒落たサングラスをかけた男性。
年の頃は三十代くらいだろうか。きりっとした眉毛と彫りの深い顔立ちが印象的な、いかにもやり手の青年実業家といった雰囲気の人物だった。
「お見事。『アカシヤ』入社試験、合格おめでとう。
優れた頭脳と、全身全霊で謎に挑む勇気、そして何より謎と親しむ心を持つ者たちよ。私は『アカシヤ』の代表――社長の証矢 奇一郎という者だ」
入社試験だってーー?
コツコツとよく磨かれた革靴の音を鳴らしながら、証矢社長が近付いてくる。
「魅力的な謎に出会うことが出来た時、人は誰しも宝物を見つけた少年少女のごとく心踊らせるだろう。つまらない日々の暮らしが、ありふれた光景が、多幸感と共に違う意味を帯びてくる。謎は、日常を非日常へと一変させる。謎は人生をより幸せに、豊かに、面白くする」
思わず引き込まれそうになるような、流暢な語り口。自信に満ちた快活な笑み。隅々にまでほとばしるようなカリスマ性に、ぼくは気圧されていた。
「謎を広める為にも、謎を愛し、謎を深く理解し、志を共にする仲間が必要不可欠だ。そこで我々は、全国各地で謎解きアミューズメント企画を立ち上げながら、時折こうして素質のある者を見つけて秘密裡にスカウトしているのだよ。
君達も、是非我が社の仲間として一緒に世界を謎で満たしてみないか?」
突然の申し出に慌てるぼくを尻目にーー先生は深々と一礼した後、首を横に振った。
「――万世です。折角のお誘いですが、僕は七十刈をしていますので『アカシヤ』には入れません」
七十刈をしている。妙な言い方が引っかかった。
「……七十刈。ほぉ! 君が今の七十刈か! ――生きているという噂は本当だったのだね。なるほど『筋のもの』だったとはな、どうりで」
「証はゆえあって見せられないのですが。信じていただけましたか」
「勿論、疑うべくもない。謎を解く様子はたっぷりと見物させてもらったからね。どうだね、うちの社員の演技も中々のものだったろう。彼らも人生をかけて謎を愛し、謎を生み出し、謎を広めんとする精鋭達だよ」
偽物の『魔王ザオン』役をしていた二人の男性が遠くのほうで「ナァゾナゾー」とにこやかに手を振っている。あまりにもそっくりだから、元々双子か何かなのだろう。社長が人払いを命じると、扉の向こうへとすっと下がっていった。
「さて。ここからは『筋』同士で話をしようじゃないか、七十刈よ。
単刀直入に聞こう。
君達の拠点ーー七十刈村は、十年前のあの事件で一人残らず全滅してしまったのではなかったのか?」
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