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全滅した七十刈村。ーー十年前の事件?
突如出てきた言葉に戸惑っていたら、万世先生が珍しくひどく焦った様子で、ぼくに指図してきた。
「七五三君、立ち入った話をするので君も席を外してもらえますか」
「ーー嫌です。駄目です」
突き放そうとしてくる先生。胸の奥がちりっとした。この感情は何なのだろう。焦燥感のような、息苦しさのような。
「ぼくは先生の助手で、今の同居人です。無関係じゃありません。『筋のもの』か何だか知りませんが、突然現れたよく分からないオジサンに話せてしまうくらいならーーぼくにだって話を聞く権利があるはずです」
必死にぼくが食らいついていたら、いかにも可笑しそうに証矢社長が高笑いした。
「よく分からないオジサン、なんて呼ばれたのは久し振りだよーーいやぁ面白い! 中々愉快な助手を飼っているな。彼も同席させてやってはどうだ。私は別に構わんよ、七十刈」
「……分かりました。続けてください」
苦虫を噛み潰したような表情で先生が渋々頷いた。
「ーー通称『七十刈村事件』。
十年前。一夜にして『七十刈』の者が一人残らず死に絶え、村ごと消えて無くなってしまった謎多きミステリー。そのように界隈では伝わっているよ」
「……僕は、唯一の生き残りです。ゆえあって協力者のもとに身を隠していました」
「君達は『なぞ筋』の中でもとりわけ秘密が多くて、特異な存在だったね。七十刈は神憑り的な力を持ち、この世ならざるものと交信することで呪詛を解き明かしていたと伝わっているよ。村が消えてしまったのも、禁術の暴走が原因となった事故じゃないかと言われているがね?」
「ーー違う……」
堪えるように目の下の筋に力を込めて、下唇をぎゅっと噛みしめている。喉奥から絞り出すような切実な声音で、先生がゆっくりと告げた。
「……事故ではありません。
引き起こした者がいるーー僕は、事件の真相を追っています。犯人を見つけて、必ず『なぞ』を解き明かす。その為に……日の当たる所に這い出してきたのですよ」
沈黙が空間を支配する。
万世先生の触れてはいけない部分に土足で立ち入ってしまっている自覚はあった。でも、ぼくは先生の事をもっともっと知りたかったのだ。今のことでも、過去のことでも、どんなことでも。
静けさを破ったのは、証矢社長だった。溜飲を下げた表情で、先生にぴかぴかと金色に光るプラスチックのカードを差し出してきた。裏側に大きく『?』マーク。表側に連絡先とメールアドレスが記してある。名刺らしい。
「事情は概ね把握した。
自ら名乗ったわけではないが『なぞ筋』として共に名を連ねられているのも何かの縁だ。我々『アカシヤ』も協力を惜しまないーーまた何か力になれることがあれば気軽に連絡してきたまえ。傍受の心配がない衛星経由の直通電話だ。
それに。君さえよければ、いつでも『アカシヤ』に来てくれていいのだがね。歓迎しよう。君のような生ける都市伝説が実在してくれていることでーー世界はまたひとつ謎めいて面白くなるのだから」
「僕は、世界を面白くするために存在しているわけではありませんよ」
「クククーー違いない!」
社長のラブコールをすげなく打ち返す頃には、すっかりいつもの万世先生に戻っているように見えたので、ぼくは内心胸を撫で下ろしていた。
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