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帰り道。
先生を車の助手席に乗せて、夕焼けに沈む海沿いの道を走り抜ける。
先生は、謎を解き続けて疲れてしまったらしい。無理もない。長時間にわたって頭も体もフル活用してきたのだ。顔の上に帽子を乗せたままシートにぐったりと沈み込んでいる。眠っているのだろう。冷房で冷やしすぎないように、ぼくの着ていた上着をそろりと先生の膝元にかけてみた。数多町に着くまで、このままそっと休ませてあげたほうがいいだろう。
こうして隣で無防備な姿を晒してくれるほどにはーーぼくも助手として信用されてきたのだろうか。
十年前の事件、か。
万世先生が都九見准教授のところに住み始めたというのも、確かその時期だったはずだ。
そして、七十刈村。
村ひとつ無くなった事件と聞いて、急に思い出したことがあった。
五月のはじめ。ゴールデンウィークの半ばにぼくが探偵舎に引っ越してきた頃。たまたま訪れた骨董市で見つけた『いわくつき』の虫眼鏡のこと。
その店主が語っていた、悲劇のことを。
『ーーコイツは悲劇の生き証人なのさ。何しろ滅びてしまったある『村』から持ち出されてきた、遺留物の虫眼鏡だからね』
『ーー山の奥の、地図にも載っていないような小さな村だ。ソコで有毒な火山ガスか何かが発生したって話さ。一瞬で村は飲み込まれてしまって村人は誰一人助からなかったらしい』
その話をした途端、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた万世先生の、見たこともないような切羽詰まった表情。
ーーあれは、もしかしたら。
「……ねぇ先生。大切な人のことを沢山知りたいと思うのは、もっと関わりたいと思うのは、いけないことではありませんよね」
呪いのようだ、と思いながらも刻み込むように一言一言呟いた。記憶を消すことは出来ないし、感情だって一度走り出してしまったら逆戻りなんて出来ないのだ。
返事は返ってこないけれど、今はそれでいい。
「今更、元になんて戻れませんよ」
数多町七十刈探偵舎
第九話『あかしや』 終
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