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悪びれる様子もなく、向かいの席に腰かけながらすかさずブレンドコーヒーを注文しているこの男性は、八壁 六美さん。『恒河社』という大手出版社の雇われライターだ。
会うのはこれで二度目になる。
「あれっ――何だか皆さん表情がカタイですね。まさか緊張なさってます? インタビューと言っても難しいものではないので、肩の力を抜いてリラックスしてくださいよ!」
チェックのポロシャツにゆるっとしたチノパンというラフな格好。明るい茶色に染めた髪の毛を前分けにして、耳が隠れる長さにまで伸ばしている。よく言えば飄々としていてカジュアル、悪く言えば軽薄そうな雰囲気。記者さんってみんなこんな感じなんだろうか。
何故ぼくらがそんな業界人と対面しているかと言うと――何を隠そう、万世先生が新聞の記事に載ることになったので、その取材だ。今まで地道に探偵舎のことをネットやSNSで広め続けてきたけれど、ついにここまで来たか――とぼくはひとり感慨に浸っていた。先生の素晴らしい働きと、ぼくという助手のたゆまぬ努力の賜物に違いない。
『恒河日日新聞』は地方新聞ではあるけれど、周囲の数県全域で発行されている。数多町の外の人達にも探偵舎のことを知って頂けるまたとないチャンスだ。
「さて。というわけで、今日はお忙しいのにわざわざ貴重なリソースを割いて頂いて有難うございます。先生方」
「――割と待ちましたがね」
「へへへ。いやぁ七十刈先生、それはどうかフォース・マジュールということでご勘弁を。連絡手段さえあれば早めにお伝えしたんですが、いかんせんオフィスのご連絡先しか存じ上げなかったもので」
「いえいえ! こちらこそ気が回らず失礼しました。携帯の連絡先をお伝えしておけばよかったですね。
あっ、ぼくは助手の七五三 千です。記者さんの仕事ってどんな感じか知りませんが、やっぱり忙しくあちこち駆け回ってらっしゃるんですか?」
ちくりと刺そうとする先生に冷や冷やさせられつつも、話題を変えて場の空気を和ませようとしてみる。えらいぞ、千。多少難しい部分もある先生と、お仕事相手とのやりとりが出来るだけ円滑に進むようサポートするのも助手としての大切な役目だ。
「そうですねぇ。県内は広く回ってますよ。その中でもやっぱり数多町はいつ来ても格別です。この陰の気に満ち満ちた雰囲気! デカダンスとモダニズムの共存。優良なコンテンツを沢山持っているのに浪費している感じがして勿体ないなぁと思ってるんです。
実は私大好きなんですよ、この町が。ですから数多町を世に知らしめる為に何かしたくて。社内でコンセンサスを得て『数多町フシギ発見!』というコーナーを持たせてもらったんです」
「『数多町フシギ発見』!?」
「えぇハイ♪ ゴウニチ――あっ、『恒河日日新聞』の特集記事でしてね。数多町の知られざる怪奇現象、心霊スポット、都市伝説、不思議な人物をフルコミットで取材して、その魅力を面白おかしくフィーチャーしているんですよ。私、専門分野はオカルトのほうなので。割とご好評頂いてるんですよ!」
八壁さんの視線が先生を捉える。特徴的な細い吊り目を悪戯っぽく細め、歯を出してニヒヒと笑って見せた。
「先生を見た瞬間、脳髄にびびっと衝撃が走りましたよ! あぁこの人だ! と。呪い専門の探偵だなんて設定、今時フィクションの世界でもそうそう出会えませんものねぇ。いやぁ生けるオカルト! 外連味が服を着て歩いているような逸材を、是非うちの記事に数多町を代表するフシギ人として採り上げさせて頂きたく。
――さぁさぁ。貴重なお話を聞かせてくださいよ♪」
一人でひとしきり場の空気を盛り上げたところで、八壁さんは机の上にことりとレトロな取材用のボイスレコーダーを置き、録音スイッチを押したのだった。
※フォース・マジュール=不可抗力
※コンセンサス=承認
※フルコミット=全面的に責任を持って
※フィーチャー=特集
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