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「――えっ。じゃあ、新聞になんて載ってしまったら大変なことになってしまうのでは? SNSにも思いっきり顔出してますよね。……大丈夫なんですか? 嫌だ、先生が呪い殺されるなんて嫌だ!」
半べそになりながら万世先生の薄っぺらい肩をぶんぶん揺さぶる。時、既に遅しだ。さっき新聞の取材は受けてしまったし、SNSにも探偵舎メンバーの日常風景の写真を公開してしまっている。
「……七五三君――心配は要りませんから。安心なさい」
先生が、喉に詰まりかけた四枚目の煎餅を水で流し込んでいる。ぼくが揺らしたせいで変なところに入ってしまったのだろう。慌てて背中をさする。
「ほっ、本当ですか?」
「人相を知った程度では大した呪は組めませんし、世の中に流布しているような不完全な『まじない』は僕には効きません。その程度のものでは命まで脅かせない。対象の真の名や、術に必要な体の一部――例えば相当量の髪の毛や歯、爪、血液でも手に入れれば話は別ですが」
「そんな! 先生のお体を狙うなんてとんでもない!」
「僕だってあちこちくれてやるつもりはありませんよ」
ん。待てよ。『真の名』だって?
今さらりと大事なことを言われた気がする。
堂々と使っているということは、先生が普段名乗っている『七十刈 万世』というのは本当の名前ではないのだろうか。あまり意識したことは無かったけれど。初めて探偵舎の前で出逢った時も、ぼくに「不特定多数に名を晒す」ことの危険性を教えてくれたのだ。
「それでも呪を掛けてくる何者かがいるならば。むしろ――僕にとっては好都合です。痕跡を遡って術者まで辿り着くことが出来る」
どこか遠い目をして呟く万世先生の『真実』を、ぼくはまだ知らない。背後でうっすらと微笑むぼくの『真実』を、先生もまだ知らない。
「ある程度呪詛に詳しい者ならば――その危険性も分かっているでしょう。なので、不完全な状態で迂闊に手を出して来ないだろうと判断しました。君も気にせず好きなように広報して下さって結構ですよ」
だとしても――万世先生は、ここに居る。
この手で直に触れて感じることの出来るぬくもりは確かなものだ。呪われたぼくに触れられながらも、ぼくの敬愛する先生は今日も問題なく生きている。『家』に引き取られて以来、周囲の人達の命を吸い取り不幸ばかり撒き散らし続けてきたぼくにとっては、そのことが何よりも嬉しい。皮膚ごしに感じる鼓動に安堵する。なので、今のところはこれでいい。
「――あまり危ないことはしないでくださいね。先生はお強い方ですけど万一のことがあったら困りますから」
後ろから耳元に向かって囁きを落とす。
先生は答えようとしなかった。
*
後日。
ぼくは買い物ついでに、先生が掲載されているゴウニチこと『恒河日日新聞』の夕刊を買ってきた。
探偵舎が新聞に載る記念すべき日ということで、メンバーみんなでわくわくしながら新聞を広げてみると『数多町フシギ発見!』と題した記事に、ちょっと顔をしかめた万世先生の写真が掲載されていた。
『数多町のフシギ人、入り組んだ迷宮通で探偵舎を営む、呪術探偵の七十刈さんに突撃インタビュー!』
地域面の、思っていたよりは小さな記事。
けれどぼくたちにとっては大切な第一歩だ。
ぼくはすぐさま記事を切り抜いて、壁のコルクボードに貼っておいた。大事な大事な、宝物のように。
数多町七十刈探偵舎
幕間『宣戦布告』 終
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