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【一日目 午前八時 七五三 千】
それなのに。
「――なんでツグセンと五夢まで一緒なのさ!」
ぼくの魂の叫びがこだまする。
二列シートを向かい合わせに回転させた、四人掛けグループ席。
目の前の座席から、夏季休暇中には見たくなかったハンサムな顔面がにこにこと微笑みかけてくる。半袖のカッターシャツにアーガイル柄のチョッキ姿の長身。優雅にウェーブする若白髪。丸フレームの銀縁眼鏡がきらりと光る。民俗学ゼミの担当講師――都九見 京一准教授だ。
「あっはっは。だって私のところにも、同じ依頼人から同じ手紙が届いたんだもの。特急券が二名分♪ 一名分余らせるのも勿体ないからオカ研メンバーでくじ引きしてもらったら――」
「この豪運スキル持ちの五夢さんが見事引き当てたってわけ! ラッキーボーイいぇー!」
M県へと走る特急列車「つむじかぜ」の車中にぼくらはいた。
ぼくと万世先生、都九見准教授と同級生の二月 五夢の四人連れだ。
「ほら――私、有名だからさ。この地方で呪術研究といえば真っ先に私の名前が上がってくるからねぇ。君達と行き先が一緒で助かったよ。どのみち厄介そうな案件だし万世君に同行を頼もうかと思っていたからね」
「万世先生と二人きりで旅行なんて許しませんよ、ツグセン」
「んー? 七五三君、君は万世君の保護者か何かかい」
「助手です!」
「――そもそも……旅行ではなく、依頼ですよ」
まくまくと駅弁を頬張りながら、隣の万世先生がちくりと釘を刺した。朝ごはんにしては多い量を平らげている。薄っぺらい体のどこに入っているのかいつも不思議で仕方ない。ひょっとしたら胃袋に食いしん坊オバケか何かが棲んでいるんじゃないか、という疑念すら感じさせる。
「というわけで、食いしんぼカピ、ゲーット♪」
「あっ――こら、五夢!」
向かい側の窓際に座っていた親友が、あろうことか肉で頬袋を膨らませた万世先生をぐいと引き寄せ、自撮り棒を付けたスマートフォンで記念撮影を始めた。大きなガラス窓の外に流れる山里の美しい風景を背景に、映える写真を撮りたくなったのだろう。
今日の五夢は髪の毛をピンで留め上げ、カラフルなスポーティ系のファッションで身を固めている。足下もブランド物のスニーカー。『おしゃれジェンダーレス男子』として、SNSの「イイネ!」確保に余念がない。
「二月君。『カピ』というのは万世君のことかい?」
「そっそ。マヨセンのもそもそ食べてる様子がカピバラ激似だから」
「面白い着眼点だねぇ。ただ、カピバラは川を泳ぐ草食動物でしょう。万世君の生態ならむしろタスマニアデビルあたりが適当じゃないかな」
「生態とか細かいことはいーの。こーいうのは語感がダイジ!」
好き放題に言われている。
尊敬する先生がいいように珍獣扱いされているのはどうにも忍びない。
「いや、一旦動物から離れましょうよ!?」
「――どう呼ばれようと僕は構いませんが」
「あぁっ。流石は先生。心が広すぎる……!」
「あっはっは。お弁当に集中したいだけじゃないかな?」
ちぐはぐなメンバーを乗せて、特急は一路M県へと向かっていた。
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