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「行き先の『鬼戒村』ってどういう所なんでしょうね。"鬼を戒める"なんて書くくらいだし何かありそうですよね」
「お。民俗学研究生としてのアンテナが張れているね。エライエライ♪」
「イカツイ名前だからボクもオカルト的に気になってたんだよねー。さくっとスマホで調べてみようよ!」
五夢が目にもとまらぬ速さでスマートフォンを操作し、村名を検索してみせた。"ウィクショナリア"というサイトが一番上に表示される。
ぼくらの目的地『鬼戒村』は推計人口百七十八人の、幾つかの集落から成る小さな村。人口のうち六十五歳以上の高齢者の割合が半数以上を占める、いわゆる限界集落というやつだ。
ページを下へ下へと辿って行くと『村に残る伝説』という項目が見つかった。
「へぇ――ここ、鬼退治伝説があるらしいぜ」
「――鬼退治」
ぴくり、と先生が僅かに反応する。
何か気になることでもあったのだろうか。
"ウィクショナリア"によると、伝説はこうだ。
二百年程前。江戸時代後期。
村の空一面が暗雲に覆われ、時を同じくして村人達は次々と疫病に倒れていった。村に病の災いをもたらしたのが一匹の恐ろしい『鬼』であるとされている。人々は丁度この地を訪れていた唐達という法師を中心に、協力して『鬼』を捕縛し、ご神木の力でもって封じ込めた。
それ以来この村は『鬼戒村』と呼ばれるようになり、鬼が封印されたご神木に見守られながら人々は平和に暮らしたという。
「うーん。よくある鬼退治説話の類型ですね。桃太郎とか、一寸法師みたいな。武器で切ったはったするんじゃなくて、ご神木に封印ってところが地味な印象ですけど」
「昔話を侮ってはいけないよ。
例えば『オニ』という言葉は、この世ならざる者を示す『隠ぬ』というのが語源という説もあるけど、得体のしれない邪悪な存在を言い習わした『モノ』という言葉が変形したものとも言われているんだよ。そう。『モノノケ』の『モノ』だね。人々は恐怖の対象に『形』を『名前』を与えることで、克服しようと試みた。病気、政敵、怨霊、夜の暗闇に至るまで、ね。鬼退治伝説は日本各地に残っているけど、流行病を『鬼』として擬人化し、調伏したという解釈が近年は優勢だね」
都九見さんがすらすらと横から補足する。
「いずれにしろ――伝説や神話の中には、ある程度の事実が巧妙に織り込まれているものだからね。その地域の民俗を知る大きな手がかりになるはずだよ」
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