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【一日目午前十時 七五三 千】
約二時間の特急列車の旅を終え、手紙に指定されていた最寄駅に着く。長閑な田園風景が見渡す限りどこまでも広がっている。
「七十刈様と都九見様のご一行ですね。お待ちしておりました」
と誰も居ないと思っていた駅舎前で突然声を掛けられたので、ぼくはびっくりして「うわっ」と声を上げてしまった。
背広姿のおじいさんが表情も無く、静かに立っている。
「手紙を送った村長の使いの者です。鬼戒村まではここから車での移動になりますので、どうぞ」
そう言ってぼくらを送迎車に案内する。村まで運ばれていく車中で、案内人のおじいさんがぼそりと気になることを口にした。
「もうすぐ村の入り口です。車を降りて頂きますが、村の中では極力目立つことはせず、気を付けて行動してください。なにぶん山奥の小さな村ですので、すぐに噂が回ります。
――村の者に不審がられると、いけませんので」
M県鬼戒村。
さっき"ウィクショナリア"で調べた通り、小高い山地と鬱蒼と茂る森林地域に囲まれた集落。入り口付近にまばらに人家は建っているものの、全体的に閑散としていて、どことなく仄暗い感じがする。
村人の姿は今のところ見当たらない。背の高い木々に囲まれているせいだろうか。ぼくらの訪れを拒んでいるようにさえも見える。
「村長がお待ちです」
辿り着いたのは、周辺の建物の中で一番立派に見える和風邸宅。
普通の住居かと思ったが玄関に『鬼戒村役場』というつやつやした木の看板が掛けられていた。流木を磨きこんだものらしい。
「先生方、このような所までお呼び立てして申し訳ありません。さ、さ。こちらへ」
口元に満面の笑みを貼り付けた、上等な身なりの老人が迎えてくれた。つば広の帽子を被り、白い髯を顎にたくわえている。
ぼくらが席に着くと、老人は自己紹介と村の説明を始めた。
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