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「私は村長の簑島と申します。
相談というのは――ここだけの話ですが、先月末から鬼戒村に白装束に身を包んだ妙な団体が住み着いて、困っているんですわ。それと同時期に、村の者が次々に行方知れずになっていて……家族が帰って来ないっちゅう相談が増えているんです。人口のそう多くない集落ですが、もうかれこれ――二十人にもなります。きっと白装束の連中が、何かの目的で村の者をさらっているに違いありません」
「そんなに――!? 大事件じゃないですか」
「そういうことでしたら、まず警察にご相談なさっては如何ですか」
都九見さんがすかさず口を挟む。ぼくも同意見だ。一介の私立探偵や学者に依頼するような規模の問題じゃない気がする。
すると村長はばつが悪そうに、頬をぽりぽりと搔きながら続けた。
「警察沙汰にはしたくないんですわ。無理を承知でどうか秘密裡にお願いしたくてねぇ。実は――連中、どうも祭壇をこしらえて妙な儀式をしたり、恐ろしげな『呪い』の術を操ったりしているらしいと、様子を見に行った者が申しておるのです。見かけた者は一人や二人じゃありません。
警察呼ぶっちゅうても、うちは小さい村なので駐在も隣村にしかおりませんし。かといって村人の命を人質に取られているような状況で、怪しげな邪法を操るような連中に、素人の私らで太刀打ち出来るとは思えません。報復として恐ろしい目に遭わされても困ります。よく存じ上げませんが『呪い』っちゅうもんは――返ってくるのでしょう?」
この世ならざる力、というものは間違いなく存在する。
現代の科学では説明が出来ないような出来事に、幾度となく巻き込まれてきたぼくは身を以てそれを知っている。
村長の言う通り、白装束の団体が何かしら組織的な『呪い』の儀式を行っていたとしたら、下手に手出しをすると他の村人にまで危害が及んでしまう可能性があるのだろう。
万世先生がすい、と歩み出た。
「呪いというものには、必ずそれを向ける『対象』が存在するのですよ。貴方、その白装束の者たちについて何も心当たりはないのですか」
「いいえ。まったく」
村長は首を大きく横に振った。
「困り果てていたところに、新聞や雑誌で先生方のことを知って、どうにか解決をお願いしようと思った次第ですわ。ここまで来たからには、もちろん引き受けてくれますよね」
村長はにこにこと人好かれしそうな顔でぼくらを見る。
素敵な笑顔には違いなかったが、目がちっとも笑っていなかった。
*
村役場の近くに、廃業した旅館を買い取って作った公営宿舎があるので拠点として使ってくれ、と案内される。さらに宿舎から少し歩いたところに、源泉かけ流しの公衆温泉浴場もあるらしい。村共有の財産として、二十四時間無料開放されていて、村人も時々使っているようだ。
あとひとつ。
村人に何か話しかける時は『村長の親類や縁者のふりをするように』という奇妙な助言までもらった。どうしてわざわざそんなことをするんだろう?
「呪い返しが怖いから警察じゃなくて専門家に――って言ってましたけど、それって、ぼくたち外部の人間なら別に呪われてもどうなってもいい、って言われてるような気がしたんですが……流石に気のせいですよね?」
「――いいえ。七五三君の感じた通りですよ。ですが、危険な仕事を専門の者に依頼するのは普通のことです」
「毒を持って毒を制す。蛇の道は蛇。――というからねぇ」
いささか無茶ぶりとも思えるような依頼を受けた後にも関わらず、万世先生と都九見さんは平然としている。ぼくだって、先生の助手なのだ。気圧されていてはいけないと襟を正した。
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