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振り向かせた相手は――明らかに様子がおかしかった。
見た目は小太り気味の中年男性。だが、口をぽかんと開け、舌を出し、涎をだらだら垂らしている。目の玉の色が黒っぽくどんよりと濁っていて、瞳は腫れ上がったみたいに真っ赤に光っている。
どう見ても正気じゃない。人間の形をしているのに、猛獣みたいだ。
「……ウ……ウウウ…………」
「え!? こいつ、人? 何? バケモン??」
「――五夢、様子がヘンだ! すぐ離れて!」
ぼくが呼び掛けると同時くらいに、そいつが五夢の右腕をがしりと掴んだ。ミシミシと骨が軋む嫌な音がする。
「ぎっ!? ッてぇな、おい―――――」
すかさず五夢が重心を落とし、地面に反対側の手をついて、反動でひらりとみぞおちを蹴り上げた。白い脚が鞭のように伸びる。しかし。
「!? ッッ! 硬ぇ!? 全然手ごたえないんだけど!?」
「――てぇい!!」
加勢すべく横からぼくが当て身を食らわせるも、貧弱さが災いして逆に弾き飛ばされてしまった。背中から地面にダイブしかけたところで丁度ツグセンの腕に抱き留められる。ぼくは腰からひらりと落ちかけたタオルを引っ掴み、慌てて前を隠した。
「おぉっと、危ないねぇ♪」
一方で、五夢が両足で地面を蹴る。顎の下に頭突き。反動で相手が仰け反った。すかさず五夢が飛びかかって引き倒し、上から押さえつける体勢になる。形勢逆転だ。
「ミルミル、ツグセン。捕まえんの手伝って! こいつ、白装束ってのと関係あんじゃね? シメ上げて吐かせようぜ――」
その瞬間。ぼくらは戦慄した。
そいつが、けたたましい声で吠えたのだ。村全体に響き渡るんじゃないかってくらいの大音量で。鼓膜が破れそうになったぼくは耳を押さえる。思わず五夢も飛び退いてしまった。
すると、暗闇の向こうから気配がぞろぞろと集まってくるではないか。十、二十……と増え続ける足音。光る沢山の赤い目。唸り声。
仲間を呼んだのだ。
「やっべぇ! なんだよこれ」
「集まって来てるよ!? ……数が、多すぎる。まずい!」
「さすがに相手しきれないね。囲まれる前に一時退却しよう」
急いでぼくらはその場を離れ、退路を取ることにした。
一体この村で何が起きているんだろう。彼らは一体何なのだろう。ぼくや都九見さんならともかく、霊感の類が全くない五夢にも視えていて、しかも殴れるということは――紛れもなく奴らは、実体を伴った存在なのだ。
「あぁ。そういえば――」
息も切らさずひた走りながら、何かを思い出したようにツグセンが呟く。
「――万世君、宿舎に今ひとりだよね。大丈夫かなぁ」
「あっ!!!」
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