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【一日目 午後八時 七五三 千】
都九見さんが持ってきたお酒を飲み交わしながらの作戦会議。とは名ばかりのささやかな宴だ。すっかり准教授の術中にはまっている気もするが、地酒の効果か冷え切っていた体はぽかぽかと指先まで温まっていた。
両脇からもたれかかってくる大人達。
左から来るのは、無表情のままじわりと体温が上がっている万世先生。お腹が空いていたのだろう。売店の握り飯をお酒でするすると流し込んでいる。
右から来るのは、ウザ絡みしながら飲みまくっているくせに一切顔色の変わっていない都九見准教授。相当な酒豪だと聞いていたが、もはやザルを通り越して『ワク』だ。
向かい側には、けらけら笑いながらすっかりご機嫌で勢いよく杯を呷っている五夢。さっきまであんなにも闘気を放っていたとは思えない。
「おやぁ、万世君。もう酔ったのかい? 弱くなった?」
「……まさか。まだ酔ってなどいません」
「じゃあ呑めるね。はいどうぞ」
「ツグセン! ボクにもボクにも」
「はーい♪」
お酒にあまり強くないぼくはともかくとして、万世先生や五夢にどんどん呑ませている。恥ずかしながら、ぼくはアルコールの類には強くないので少し舐めただけで真っ赤になってしまうのだ。
「――ツグセン、依頼は? 作戦会議は?」
「まぁ、カタイことは言わないの。室内ならまだ安全だろうし、戦士にも休息は必要さ! 冥府の戦士達も毎日宴と訓練を繰り返しながら戦に備えていることだし」
「ここは北欧じゃなくて日本です。あとその戦士って全員もう死んでるじゃないですか。まったく。さっきえらい目に遭ったばかりなんですよ? 依頼にかこつけて楽しもうとしてませんか」
「何のことかなぁ。おや、万世君が傾いてきたよ。支えてあげないと」
「え。わっ――」
ゆらっと傾きかけた先生の肩を慌てて支える。またじわっと体温が上がっている。結構お酒が回っている時の温度だ。
「ちょ、大丈夫ですか先生!? 何てことしてくれるんですか!」
「万世君ってば負けず嫌いだから煽るとすぐ乗ってくるんだよねぇ。私のペースで呑んだら回るの分かってるはずなのに。いつもこんなふうに酔っていてくれたら、まだおとなしくて可愛げがあるんだけど」
うりうりと動物園のふれあいスペースもかくやという調子で万世先生の両頬をこねくり回している。ずるいし、教育者の端くれと思えない発言だ。
「う……絶対に……負けませんよ……」
「先生は少し休んでいてください」
「にゃはは! ツグセン、それってさみしーんでしょ。分かるよ。カピが冷たくてもボクとミルがちゃーんと相手したげるって~」
五夢がふざけてくねくねと品を作る。
「お、本当かい二月君。嬉しいなぁ♪」
「ぼくはイヤですよ。ツグセンの魔の手から先生をお守りするんですから!」
「あっはっは。可愛いねぇ。そういう七五三君のほうがもう真っ赤じゃない。そぉれ魔の手~!」
「ひゃっ! わ、ちょ――くすぐった、もう、ふざけないでくださいよっ!」
ぼくが悶えるのを見て五夢がひーひーと笑っている。箸が転がっても可笑しそうな塩梅だ。完全なる笑い上戸なのだろう。
「ミルミルの『ひゃっ』が妙に色っぽくてウケる~……!」
「色っぽくない!」
「――あれっ。ちょっと待って。何か聞こえない?」
その時。またもやぼくらは凍りつくこととなった。
宿舎の木造の壁に何かがぶつかっているような。ガコッ、ガコッ、という大きな音が断続的に響き始めたのだ。
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