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「来ましたか――」
万世先生がすっくと立ち上がる。
あんなに酔っていたのにすんなりと素面に戻っている。スイッチが切り替わったのだろう。
「この建物、囲まれているようです」
「……そのようだねぇ。さっき私達が出会った連中と同じじゃないかな。楽しい宴の邪魔をするなんて無粋だなぁ」
大人二人がとんでもない言葉を口にする。確かめるように窓から周囲を窺って見ると――この宿舎を囲むようにして、さっきの赤い目が幾つも光っている。大勢の足音。衣擦れの音や獣のような唸り声。
「まさかそんな……この窓から見えるだけでも四、五体はいますよ!」
ということは、十体――いや、それ以上はいるかもしれない。
「で、コイツら結局何よ? 人間? ゾンビ? ゼロ感のボクにも視えてるってことは幽霊や妖怪じゃなさそーだけど」
「五夢! スマホのカメラ構えてる場合じゃないって!」
「いやぁ。だって、こんなこと滅多にないっしょ? さっきバトるのに夢中で全然動画撮れなかったからさー」
ダン、ダンと壁を叩く音。支柱を齧る音。雄叫び。さながらゾンビ映画のような有様だ。びたん、と窓に貼り付いたのは目がどろりと濁った人間の形をした何か。化け物のような形相。
「――窓から離れて!」
先生が鋭く叫んで、窓ガラスにお札を素早く貼り付ける。次の瞬間、弾かれるように人型が剥がれ落ちた。
「……このままでは、窓を割ってここへ入って来るのも時間の問題です」
「攻め込まれる前に――こちらからも仕掛けてみるかい」
「相手の目的も分からないうちに力技で飛び出すのは得策ではありません。略式ですが結界を張って強制的に弾き飛ばします。術式を組むので手伝ってください」
愛用の古びたトランクから道具を取り出す。紙と筆。水、塩。
指示された通りに塩を部屋の四隅に設置し、水を撒く。
さらに先生が大急ぎで書き付けた護符を四人それぞれで東西南北、四方の壁に貼り付けた。祈るような思いで、小さな紙を壁面に押し付ける。
「――そのまま押さえていてください」
先生が早口で長い長い呪文を詠唱する。
暫くすると壁面の揺れが鎮まってきた。先生の言う通り、建物への攻撃がおさまったらしい。安堵して窓の外を覗いてみると。
「――――白……装束……!?」
宿舎から少し離れた、道沿い。
闇から浮かび上がるようにずらりと並ぶ、白いシルエット。
顔を覆い隠すような真っ白い頭巾と白一色の装束を纏った集団が、錫杖をしゃんしゃん鳴らしながら。
赤目の群れを従えるようにして姿を消すのを、ぼくは見てしまった。
第十話『きかいむら』後編に続く
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