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擦り寄っていったらしぶきが顔面目掛けて飛んできた。調子に乗りすぎたようだ。
ぽたぽたと滴の落ちる前髪を指でかき上げ、水滴のついてしまった伊達眼鏡をタオルで拭う。お返しに湯を浴びせ返してやろうかとも思ったけれど、目の前の相手は既に湯浴びで頭のてっぺんまで濡れている。さして面白くもない。
「ひどいなぁ。すっかり水も滴るいい私になってしまったじゃないか」
「……阿呆なことを言ってる場合ですか。昨晩現れたあれと、白装束の者達――僕の考えが正しければ今回の件は相当厄介です。――連れてくるんじゃなかった」
一見無表情に見えるが、内心で落ち着かないのだろう。目の下の表情筋をこわばらせ、濡れた頭をしきりにかきむしっている。
「うーん。でも、見た感じ君が心配する程でもないんじゃないかな。あの二人、結構使えると思うよ。二月君――彼、中々いい動きをするんだよねぇ。体も出来ているし戦い慣れしている気がしたよ。意外だったな。七五三君も不安定な面はあるけど一生懸命やってくれるし、判断がしっかりしていて頼りになる。君の助手にしておくには勿体ないくらい――」
ぱしゃり、と水面が跳ねる。
私の言葉を遮るように、見透かすような万世君の翡翠色の瞳がこちらを捉える。距離が急に縮まる。相変わらずこの子の間合いは読めない。野性動物みたいに過敏に距離をとったかと思えば、脈絡もなく懐にまで飛び込んでくる。どうせ自覚は無いのだろう。
とん、と私の胸板に指を当ててきた。
「――貴方を。連れてくるんじゃなかった、と言ってるんですよ。都九見さん」
くれぐれも、と言いかけた唇に人差し指を押し当てて続きを遮った。視線を合わせるように屈んで顔を寄せると、歯を見せてにっこりと笑む。
「くれぐれも――何? 珍しく私のこと気にかけてくれてるんだ。心配が心肺に沁みるねぇ。嬉しいなぁ」
思いきり睨み返される。
腹の底が人知れず愉しげにざわめいた。
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