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【二日目 午前七時 七五三 千】
宿舎の建物をチェックする。
昨晩の襲撃の痕跡が生々しく残っていた。支柱に大量の噛みあと。壁に引っ掻いたような傷が幾つもある。先生が咄嗟に結界を張って下さらなかったら、壁や窓を破壊して室内にまで攻め込まれていたに違いない。
そうなっていたらと思うと、ぞっとする。
「傷の高さは一メートル半から二メートル。五本指。……明らかに人型の生き物ですね」
信じたくはないがやっぱり昨日この建物を取り囲んでいた大群は、野生動物の類ではなく、人間の形をした何かに間違いないのだろう。服を着ていたので大型の猿でもなさそうだ。
となると――狂人か。でもあんな大勢の人間が一斉に狂って暴れ出すものだろうか。まさか。ホラー映画に出てくるようなリビングデッドの類?
親友の五夢も同じことを感じていたらしい。
「今度湧いてきたら、ぜってーあのゾンビヤロー達ぶっ倒してやる。防御めちゃくちゃ硬かったから、村で武器になるもの調達しようよ! 銃は無理でも、ナイフとかハンマーとかバールとかあんだろ」
すっかりホラーゲームの主人公気分だ。今日も今日とてブランド物の派手な総柄スウェットを着込み、荷物を詰めながら息巻いている。
しかし。万世先生は静かにそれを制止した。
「――武器は、駄目です」
「はぁ!? 何で!」
「傷つけてはいけません。……そもそも、むやみに近づかないでください。危なければすぐに逃げてください」
高くも低くもない、錆びた声。
納得いかない五夢が先生に詰め寄る。
「なんでだよ。大人しくケツ巻けってか? そこまでチキンじゃねぇし装備さえあればオレもっと戦えるよ、マヨセン!」
「――そういうことではありません。強い弱いは関係ないのです。
昨晩何事もなかったのは幸いでした。まずは身を守ることを最優先にしてください。あれには痛覚はありません。理性を失っているので、見境なく人を襲います。
万が一噛みつかれたり、彼らの体液を大量に身に浴びて取り込んだりしてしまうと――同様の状態にされてしまいます。それほど危険なものです」
昨晩の出来事を思い返して、ぼくは背筋を凍らせた。
あんな無防備な姿で追いかけて、よく皆無事で済んだものだ。
そんなにも恐ろしい連中を使役しているなんて。あの白装束達は一体何者なんだろうか――?
気休めですがこれを持っていてください、と先生が薄いお守り袋を各自に手渡す。あとどういうわけか、
「村で出されたものには口をつけないでください」
と妙な念押しをされた。
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