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【三日目 午後六時 二月 五夢】
『戦い』の準備を終えたボク達は、廃病院前に集まっていた。昨日の晩からとにかく働きづめだ。いや、マジ誉められてもいいくらい頑張った。
結局昨晩はここの廃病院にみんなで泊まりがけで詰めて、必要なものを用意した。
死ぬほど大量のお札を書きまくったり、『榊』の人達が備蓄してたウォーターサーバーの水で『清めの水』とやらを生成したり。なんか大掛かりな装置を作り上げたり。カピと白装束達で協力して考えたらしい。
一生分の夏休み工作をやりきった気分だ。
梓ちゃん達がぼうっと巨大な青い燈籠をともす。ヒトダマみたいにゆらゆら炎が揺れている。これも昨晩作ったものだ。魔のものを集める明かりらしい。三人がかりで持ち上げるくらいめちゃくちゃでかいから、遠くからでもよく見えるだろう。
カピが大量のお札を配りながら、集まったみんなに指示を出す。
「梓さんはこの誘魔灯を廃病院の屋上から掲げて感染した方々を一か所におびき寄せて下さい。二月君と他の白装束さん達は、彼女を護りながら、集まった村人にどんどん『鬼札』を貼りつけて下さい。これは『傀』の動きを停めるものです。あとは――適宜、治療を」
「分かりました。最善を尽くします」
「任せてよ! イチモーダジンにしてやんよ!」
「おいお前――くれぐれも姉さんに懸想するなよ」
「よしなさい梧。この方々は協力して下さるんだから」
ノッポで金髪なシスコン弟が、いちいちガンつけてくる。心配しなくても、しっかりカッコイイとこ見せて小細工なしに惚れさせてみせるっつーの。
「……危険な役目なので無理はしないで下さい。
その間に、ご神木を守る『傀』が居なくなっているのを見計らって、僕と助手の七五三君――案内役として梧さんが、ご神木のもとへと向かいます」
二手に分かれる作戦。集まった村人達と戦いながらお札を貼りまくるのが陽動班の役目。すばしっこく動けるボクの持ち味を生かした結構な大役だ。あれ。そういえば今何か抜けてなかった?
「おやぁ万世君。誰か忘れてないかい? 私はどちらへ同行すればいいのかな? んー?」
「――忘れたわけではありませんが」
少し考えた後、マヨセンがツグセンの袖を無言でぐいと引っぱった。「一緒に来い」と言いたいらしい。このオトナたち、昔一緒に住んでたって聞いてたけど距離感が妙っつーか。近いとか遠いとかじゃなく、共通のヤベェ秘密でも隠し持ってるようなヘンな感じ。ミルミルの視線がカピ達に突き刺さっている。いちいち気にする気持ちもよーく分かる。
「はいはい――仰せのままに」
「それでは。作戦を開始しますよ」
『封囲の森』のほうへ消えていく隠密班の四人の背中を見送りながら、ボクも「っしゃー!」と、その場で気合いを入れていた。
「宜しくお願いしますね、二月さん」
「任せて。オレが――絶対守るよ」
梓ちゃんは、めちゃくちゃ健気でいい子だ。昨日のやりとりがずしんとボクのハートに沁みていた。どっちつかずでふらふらしてるボクと違って、そんなに歳も変わらないのに信念を持ってやるべきことを立派にやってる。こんないい女の前でカッコ悪い姿なんか見せられねぇ。
背すじがぞわぞわして、血液が沸き上がる感じ。久しぶりの感覚。血なまぐさい世界とは一切合切オサラバしてきたつもりだけど。
――血と泥にまみれたこの手でも、ちょっとは誰かの助けになれる。
今はそれで十分だ。
「――カピ。ミル。ツグセン。……うまくやれよな」
村のあちこちから殺気が近づいてくる。
どんどん増えていく足音。赤い目。唸り声。
迫りくる戦いの気配をとらえ、オレは神経を研ぎ澄ませていた。
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