第十話「きかいむら」後編~鬼退治伝説と白装束集団~

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【三日目 午後六時半 都九見(つぐみ) 京一(けいいち)】  暗がりに沈み込む『封囲(ふうい)の森』の道なき道を行く。夜の森はひどく静かだ。草や木々の根を踏む我々の足音と息遣いだけが、木々のざわめきと交じるように響いている。  道中を阻む『(カイ)』の姿はない。万世(まよ)君達の作戦が功を奏しているようだ。森の入り口付近にぼんやりと浮かぶ『誘魔灯』の仄青い明かりが、眼鏡のシルバーフレームにちらちらとうるさく反射した。邪魔になるので一旦眼鏡をベストの胸ポケットに仕舞い込む。 「(あおぎり)君達は、普段どんなことをしているんだい」 「えっ――俺達ですか?」  歩きながら白装束をしっかりと着こんだ少年の背に話しかける。呪医の系譜を持つ一族の実情に呪術研究者としての関心が湧いていた。 「姉さんは巫女としてのお勤めを、俺はまだ高校に通わせてもらってます。来年卒業したら、きちんと修行して浄化の力を身につけて、俺が代わりに『(さかき)』を継ぐつもりです。早く姉さんを楽にしてあげたくて」 「へぇ。お姉さん思いなんだねぇ」 「……うち、両親が事故で早くに亡くなったんで、姉さんが親代わりになって育ててくれたんですよ。姉さんは俺がいるせいで、将来を誓った人とも中々一緒になれなくて……大変だったと思います。それなのに俺、『今しか出来ないことを楽しんできなさい』って、学校では部活とか好きなことやらせてもらって。本当に感謝してるんです。俺達、こういう宿命の家に生まれてしまいましたけど……姉さんには普通の幸せを手に入れてほしい」  七五三(しめ)君もそうだけど、今時珍しく殊勝な若者だ。残念ながら旅先での恋に破れることがほぼ確定した二月(ふたつき)君に思いを馳せて、不謹慎ながらも笑いを噛み殺した。  『(さかき)』という特殊な役目を持つ家に生まれたことで不条理な業を背負わされてしまったこの子達だって、記号的な白装束を脱げば、素顔は現代社会で同じように生きているありふれた若者達なのだ。 「『(さかき)』の家から解放してあげたいんです」 「……そうなるといいね」  誰だって生まれ落ちる場所を選ぶことは出来ない。  血の呪縛からは逃れることが出来ない。  そう。『都九見(つぐみ)』も――。  いや。違う。私は。 「見えました。あれが――ご神木の(エンジュ)の木です」  彼の指し示す先に、四メートル近くありそうな太くうねった灰褐色の幹を持つ大木が姿を現した。異様な存在感を放っているのが分かる。あれが江戸時代後期に『鬼』の呪念を封じ込めたとされている――(エンジュ)の木。今まさに村人達を脅かしている元凶だ。  周囲に工事用の三角コーンが散らばっている。囲いが倒され、巻かれていた筈の注連縄(しめなわ)も外されて地面に打ち棄てられている。村長がこの辺りの土地の開発を目論んでいたそうだから、もしかすると下見の業者が荒らしていったのかもしれない。事の重大さにも気付かずに。  樹齢を重ねてご神木の霊力が弱まったせいもあるのだろうけれど、封印が緩んでしまった最大の原因はきっとこれだろう。その所為で今のここは『鬼戒村(きかいむら)』ではなく、すっかり『木傀村(キカイムラ)』に成り果てているのだから、中々笑えない。 「――僕が行ってきます。貴方がたは此処に」 「……先生。一人でなんて、いけません。ぼくも一緒に行きます」 「いいえ。危険です。これ以上は。――何かあったら、すぐにこの場を離れてください。いいですね」  ぼそりと言い残し、不安げに追い縋ろうとする助手さえ下がらせて、万世(まよ)君が単身で囲いを越えて進んでいく。  その時。  ザザザッ……と頭上から鋭くおぞましい『悪意』を瞬間的に感じた。気付いているのはまだ私だけらしい。『悪意』はご神木の傍に居る万世(まよ)君へと狙いを定めている。彼のことを目的を阻む危険な存在と認知したのだろう。刹那。いち早く異変を感知した私の体はひとりでに動いていた。地を蹴り、空を裂き、彼のもとへと駆ける。  間に合え――――! 「――――ッ…………!!!!」  ……ねぇ、万世(まよ)君。  君はいつまでも「巻き込んだ」と負い目を感じ続けているのかもしれないけれど。見くびるなよ。私は――は。  自らの意思で、自らの運命を選んできたんだよ。ずっと。
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