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【????】
名を捨て。生まれ育った里を出て。
長い放浪の末に初めて、この村に辿り着いた時。
「ここで人を救うのが自らの天命だったのだ」と、彼――円樹は直感した。
山間にあるその小さな村では、病が流行り、多くの村人が苦しんでいた。
そしてたまたまその地を訪れた円樹は、病を治す為の術を数多く身につけていた。彼は旅の呪医だったのだ。
鍼や灸といった医術は勿論のこと、独自に調合した丸薬や、疾病を浄化する呪術を用いて病に侵された村人達を次々に治していった。
彼は、やがて村の外れに医者として定住することとなる。
常とは異なる、銀杏の葉のような浅黄色の尖った髪を持つ彼のことを不気味がる者も居るには居たが、村人達は素直に円樹に感謝していた。彼自身も村人達に感謝され、役に立てることが嬉しかった。
そう――初めの頃は。
しかし村の者達は徐々に増長していった。
彼は朝早くから夜遅くまで、患者が居る限り休む暇も無く働いたが、彼一人では全ての病や村人達の過度な要求に対処することが難しくなっていった。乏しい村の設備では救いきれない命もあり、彼が力を尽くしても助からない症例もあった。医術者もまた人間であり、万能の神では無いのだ。
彼の尽力をよそに村人達の心無い噂だけが広まっていく。
「うちのもんの病気が治らんのは円樹が手を抜いている所為じゃ」
「そうじゃ。適当にやってわしらから決して安くもない薬代をむしり取ろうとしておる。余所者のくせに」
「そもそも、あの疫病自体も円樹の仕業に違いあるまい。考えてみれば、奴が現れる少し前から流行が始まったじゃないかい」
「彼奴は怪しげな術を操ることが出来る。恐ろしい病を生み出せたとしても不思議な事ではあるまいて」
「あいつは、この村に災禍をもたらす――『鬼』じゃ」
「『鬼』じゃ」
「『鬼』」
やがて円樹は村の者から謂われなき排斥を受けるようになった。
村に何か禍が起こると、病や事故、天変地異でさえも彼の所為ということにされた。村人達の不安や恐怖、猜疑心や妬みの対象として槍玉に上げられながらも、円樹は目の前で困っている者達を救いたいという使命感から、村から逃げ出さずに自らの力を使い続けた。誰一人味方が居なくとも、言い知れぬ疲労に苛まれても、いつかは心を鎖ざした村人達も、何が正しいのかきっと分かってくれると信じていた。
しかし。
とうとう臨界点を超えてしまった。
村長の愛娘が折悪く病で命を落とした事をきっかけに。
森の一番奥の『槐』の大木。
激しい暴行の末、幹に縄で縛りつけられた円樹を取り囲んで、次々に石を投げつけてくる村人達。「鬼だ鬼だ」と、罵声と怒号を浴びせながら。大粒の石が当たる度、筋が裂ける。血が流れ、骨が砕ける。奪われる。損なわれていく。地獄のような痛みと苦しみ、悔恨、理不尽さに魂を軋ませ、ずたずたに引き裂かれながら。
命絶える間際に、血塗れの彼は呪詛を振りまいた。
「真実を見定めもせず、身勝手に人を殺めるお前たちこそが悪鬼だ。相応しい姿に成り果てるがいい。末代まで呪ってくれようぞ」
空に暗雲が立ち込め、村人達は次々に悪鬼のような形相に成り果て、周辺の村の人々を襲い始めた。
かの法師が――封印を施すまで。
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