430人が本棚に入れています
本棚に追加
「ミルー! カピー! 入るよー」
もう常連なので適当に声をかけて立てつけの悪い木造の引き戸を力任せに開けると――玄関前の床に、真っ黒い衣装に身を包んだカピ先生が倒れているのを見つけてしまった。力尽きたように手足を投げ出してうつぶせの姿勢で転がっている。
とっさにボクはスマートフォンを取り出して――ミルが先日SINEアプリで共有してきた『万世先生の取扱説明書』ファイルを確認する。
「うんと、センセーが倒れてる場合……あ、あった」
該当の頁を読み進めていく。
「息は……ある。熱は……ない。ケガも……ない」
順番にミルミルが用意したフローチャートを辿っていったところ、どうやらお腹が空いて動けない兆候らしい。
「カピ。ボクが来たから大丈夫だよ。ほら、コンビニで買ってきたピザまん。食べなよ」
ボクがそう言って差し出すと、マヨセンは伏せたままの状態で器用にピザまんを頬張り始めた。小さな口にはぐはぐと食物を詰め込んでいる。動物にエサをやっているみたいだ。カピバラの餌付けだ。
「ところで、ミルはいないの?」
と聞くと、頬一杯に物を詰めながら「都九見ゼミの、夏期フィールドワークに出ていて不在」なのだと教えてくれた。構ってもらおうと思ったのに、困ったな。
「てことはカピはお留守番かぁ。めっちゃ寂しいじゃん!」
「普通ですよ――元々ここは僕ひとりでしたし、今日は億良も居てくれるので。大丈夫です」
「――ニャア」
ピザまんをすっかり平らげたマヨセンが、口の端にちょっとピザの具をくっつけたまま起き上がった。その背後からするっと現れたのは、ビロードみたいな縞模様の毛並みをもった美猫。ボクを見定めるように近づいてくる。そうか、オクラちゃんもいたんだな。しなやかな身のこなし。賢そうな目鼻立ち。きっと人間だったらすごくイイ女なんだろうな。バリバリ仕事こなす系の。
「いや待って。大丈夫じゃないっしょ。行き倒れてたじゃん」
「――溜めていた依頼を一気に片付けようと思っていたのですが、夢中になっているうちに栄養補給のことを忘れて力を使い過ぎてしまったようで。近頃、丁度いい頃合いに七五三君がごはんを作って食べさせてくれていたので、油断していました――」
やっぱウケる。ミルも大概だけど、このセンセーも想像の斜め上を行く逸材だ。人として最低限なくちゃいけない部分がスコンと抜けている。どういう生き方をしてきたらこうなるんだろう。まぁセンセー大好きな助手のミルミルからすれば色々頼られるほうが都合がいいんだろうけどさぁ。
「さて。そういえば二月君は、かなり腕力がありましたよね。依頼されていたものを処理したいのですが、さっきから僕の腕では壺の蓋が開かなくて困っていたのですよ。良ければ手伝ってもらえませんか。無理にとは言いませんが」
暇を持て余しているボクにとっては願ってもない打診だ。
マヨセンが手掛けている依頼ってことは――つまり『呪い』関連ってことだ。解呪専門のこの探偵事務所には、呪われた品々がどんどん運び込まれてくるのだと聞かされていた。モノホンのオカルトだ。こんな面白そうな頼まれごと、乗らないハズが無い。
「センセーのお手伝いが出来るなら喜んで!」
二つ返事で、ボクは友人不在の事務所へと上がり込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!