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応接室を抜けて、奥の倉庫みたいな部屋へ。
誰も読めないようご丁寧に封をされた書物。びっしりとお札を貼られた古道具。ひび割れた能面。髪の毛がまばらに伸びかけている日本人形。どう見てもヤバそうな品々が所狭しと並んでいる。マヨセンが解呪済だから多少は安全なんだろうけど、霊感ゼロのボクでも不気味な感じがひしひし伝わってくる。いわくつきの物で散らかった中を道案内してくれるかのように、オクラちゃんが足下に擦り寄りながら、するりとしなやかな動作で先導してくれた。
「何コレ――すっげぇ壺だね!」
ボクは思わず口をぽかんと開けた。
倉庫中央の床に描かれた魔法陣みたいな紋様。その真ん中にドカンと置かれたのは――全長一メートルくらいはありそうな、丸くて巨大な焼き物の壺。埃で大分煤けてはいるけど、血みたいな真っ赤な色で焼き上げてある。骨董品の価値なんてちっとも分からないけど、とんでもない存在感だ。
奇妙なことに壺の上部、口の部分にコルクみたいな木で栓が施してある。開けてくれるなと言わんばかりに深々と詰められている。
「で。コレがその『開かずの壺』ってワケ?」
「ええ――依頼された品です。億良、僕のほうへ。今から二月君にこの壺を開けて貰いますからね」
言うと、オクラちゃんはにゃあと鳴いてカピの腕の中に飛び込んだ。猫を抱っこしたままセンセーがボクに白い布手袋を寄越す。ボクは早速手袋を嵌めると、赤い壺と睨み合いを始めた。口の栓を両手で握る。今のところ何も感じないし何の変化も無い。
「つまりこの栓を開ければいいってワケね! よぉし――」
大きく息を吸って、吐く。腕っぷしには自信がある。家でも瓶の蓋が開かずに困り果てた姉と妹が、こういう時だけ頼りにしてきやがるのだ。ぐぐぐ――と力任せに捻ってみた。年季が入っているせいか中々にカタい。でも負けるつもりはない。さらに力を込めてみる。
「――ふん、ぬぬぬぬ……!」
「二月君、いい調子です。蓋が開きかけたところで僕に交替して下さい。これは決まった手順を踏まないと厄介なので――」
「ぬぅぅううおおおりゃああああ!!」
「二月君、もうそろそろ僕に」
「どぉぉぉりゃあああああああ!!!!」
「――二月君?」
カピがぼそぼそ何か言っているが、こめかみの血管が引き千切れそうな勢いで奮闘しているボクの耳にはもはや何も聞こえていなかった。腕の筋肉がみしみし軋む。床に両脚を踏んばる。ボクのことを『可愛いものとスイーツが大好きなおしゃれジェンダーレス男子♪』なんて思い込んでいるフォロワー達には、とても見せられない姿だ。
力いっぱいに太い木栓を引っ掴むと、そのまま思い切り勢いよく捻り上げた。
「――――ッッ!!!!」
スポン! とめちゃくちゃいい音を立てて栓が思いっきり抜けた。そのまま吹っ飛んで天井にぶち当たった。反動でボクは丸い壺を抱えたままごろんと後ろにひっくり返ってしまった。口の開いた壺ごと床に転がる。
「マァーオ!!」
危険を知らせるように、オクラちゃんが毛を逆立てて声高に鳴いた。
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