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「――でもかなり薄くなっています。君、何かこの手を悪いことに使っていましたか」
心を読まれたようでぎくっとした。
緑色のガラス玉みたいな目で、センセーは恐ろしいくらい何でも見透かす。今あんたが握っているこの手で。オレはさんざん悪さばっかりしてきたのだ。なんだか触れさせちゃいけない気がして思わず手を引っ込めた。
「昔。けっこー素行が悪い時期があって。だからカミサマの加護なんて受けられないと思う――オレにはそんな資格ないよ」
ぼそりと呟く。
するとセンセーは離れた手をぎゅっと握り直して、こう言った。
「――君の神は君を見捨てたりしない。
君が心を入れ替えたなら、きっとまた君のことを見てくれます。加護を受けるには相当善い行いをしなければなりません。君は前の生でそれが出来たのですから、今生で出来ない筈が無いでしょう。
君は鬼戒村で起こった事件の時に――僕らや『榊』の皆さん、村人達の為に一生懸命戦ってくれていたではありませんか。自分に出来ることをして、誰かを助けたいと思ったのでしょう。
大切なのは――その心ですよ」
なんなんだろう。この人は。
心が。存在が。きれいすぎて、本当にこの世に生きてる人間なのかあやしくなってくる。この人が神様なんじゃないかとさえ思う。千がよく「先生に近付かないで」とか「先生に変なこと教えないで」って言ってた意味がよく分かった気がする。本当はボクみたいな俗っぽい人間がやすやすと関わっちゃいけない存在なんだ。でも、こうやって関わっていると不思議と心地いい。ボクの中でぐつぐつしていたどす黒さが浄化されていく感じがする。
オレも――まだ許されるのなら。
「二月君は、霊的な事柄に興味がありましたね。時々、君の力を僕に貸してはいただけませんか。――君のこの手が、強い龍の心が、必要なのです」
無理にとはいいませんが、と言いかけたマヨセンセーの目をまっすぐ見つめ返し、頷く。
『龍』――か。今度こそ。正々堂々真っ当に昇ってやるのも悪くないかもしれねぇ。
昔気に入っていた二つ名を思い出して、ボクは小さく笑った。
数多町七十刈探偵舎
第十一話『のぼりりゅう』 終
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