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「あ、おかえりミルミル~!」
「おかえりなさい、七五三君」
万世先生と五夢が揃ってぼくを出迎える。
二人は応接間のソファで肩を並べて麦茶片手に涼んでいた。二人とも小柄なので、仲良く革張りのソファに収まっている姿はペット雑誌の小動物のたわむれのようで、微笑ましくさえ思える。先生の膝の上で、ベンガルネコの億良が丸くなって涼やかな表情で眠っている。至って平和な光景だ。
どうやらぼくの思い過ごしだったらしい。
「……今日はお肉ですか」
「ええ。今日はしゃぶしゃぶにしますよ! 五夢も食べてくよね? 遊びに来てたんなら言ってくれたらよかったのに」
頭の中でレシピを一人分増やして勘定し直す。しゃぶしゃぶ肉は元々一人前多く買ってあるので、五夢が増えてもどうにかなるだろう。
「悪ぃ悪ぃ。さっきまでちょっと取り込んでてさー。連絡し損ねた! 有り難く夏しゃぶゴチになるわ!」
「へぇ。何かあったの?」
「いや、それがさぁ――」
五夢が話し出そうとしたら、ひゅう……と冷たい風がぼくらの間を通り過ぎた。隙間風? いや、違う。ここ数多町迷宮通は昼でも夜でも薄暗く、霊が多いこともあっていつでもどこかひんやりとした空気が漂ってはいるけれど――。
これは――玄関の戸が開いた時の空気だ。
「――やあ。私だよ。付いてきちゃった。皆、勢揃いじゃないか♪」
日中、ゼミのフィールドワークで手厳しく生徒達を引率していた我が指導員――都九見 京一准教授が、にやにや笑いながら戸の向こうからにゅるりと顔を出したのだった。
まさか。解散後、ぼくの後ろをこっそりつけてきたのか。
ごちそう肉の気配を察知して……?
ぼくとしたことが、フィールドワークの現場から、招かれざるモノを連れ帰ってきてしまった。なんということだろう。
「いや、呼んでません! 五夢はいいけど、ツグセンは帰ってくださいよ!」
「……都九見さんが居ると僕の肉が減るので帰ってください」
ぼくらが咄嗟に反駁すると、五夢は「超嫌われてやんの」と大笑いしている。しかし准教授は「つれないなぁ」と笑顔でそれをいなすと、そこが自分の定位置かのように応接間の空いた椅子にすっと座り出し、くつろぎ始めた。帰るつもりは全くないらしい。ある意味、万世先生を超える自由さを発揮している。
「もういいです……仕方ないので今日は四人前にしましょう。追加のお肉と具材を買ってきます」
「さすが七五三君♪ 話が分かる子は大好きだよ」
「話を聞こうとしないオトナは嫌いです!」
ぼくが溜息をつきながらお財布を持って事務所を出ようとしたら、
「あ、ボクも一緒に行く!」
と五夢もついてきてくれた。
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