430人が本棚に入れています
本棚に追加
「七五三君、待っていましたよ」
帰りついたぼくらを待ち受けていたのは――既にお鍋とコンロがセットされ、人数分のお椀やお箸までもが用意されたテーブル。どうやらぼくたちが買い物に行っている間、先生陣でせっせと準備してくれたらしい。心配するどころか、この大人達めちゃくちゃ食べる気満々だ。
万世先生が、あまり動かない表情筋の上にうっすらと得意げな感じを滲ませている。先生上級者のぼくは些細な変化も見逃さない。
「先生、有難うございます! 帰ってから色々出さなきゃって思ってたので、助かりました! お陰様で大分時短になりますよ」
「……このくらいはしますよ」
「お肉の為ならね。もうすっかりお腹が空いたもの。ね、ね、七五三君。危なっかしい万世君を的確かつ華麗にアシストしたこの私のことも誉めておくれよ? ねぇねぇ」
全然可愛くない甘え声を出して擦り寄ってくる准教授を押し退ける。傍らで先生が「危なっかしくないです」と小声で抗議しているが、准教授の意地の悪い高笑いにすっかりかき消されてしまっている。
万世先生は、謎を解くことに関しては天性の能力を発揮するものの、一点特化しすぎて家事はおろか生活に関すること全般が苦手でいらっしゃるのだ。にも関わらず、すすんで手伝ってくださったことが素直に嬉しい。余程お肉が早く食べたくて仕方なかったのだろう。
「とりあえずボクも手伝うから、食材やっつけちまおうぜ」
場の準備は大人組に任せて大丈夫そうなので、ぼくらは台所で食材の支度を始めることにした。いつもは面倒くさそうなことはパスしてぼくに放り投げがちな五夢が、珍しく料理の工程を真面目に手伝ってくれている。なんだか殊勝な態度だ。するすると人参の皮を剥くぼくの横で、白菜を黙々と力いっぱいざく切りにする友人。
いつも通りの彼に見えるけど、買い出しの時の些細な会話の後から――少し様子が変な気がする。喉に小骨が引っかかったような妙な感じ。あの時ぼくは何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。それとも。
気になったぼくは一芝居打ってみることにした。真剣な表情の演技をしながら五夢に向かって、
「今日の五夢、ちょっとヘンだよ。
何か隠してること――あるでしょ」
と問いかけてみた。ほんの冗談のつもりだった。「そんなことないって!」と、軽く笑いながら返ってくるのを予測していた。しかし五夢は準備の手をぴたりと止め、包丁を静かに置き、ぼくの目の前までやって来た。
今まで見た事も無いような、切羽詰まった表情だった。
最初のコメントを投稿しよう!