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「応接間なら良いと優しい先生が言ってくださったので、どうぞ」
先生が許可するのなら仕方が無い。
ぼくは二人を迎え入れる準備を始めた。雑魚寝をすることになりそうなので、ソファと机を部屋の隅に寄せ、探偵舎じゅうの布団をかき集めて人間四人と猫一匹が眠れそうなスペースを捻出する。
全員がお風呂を済ませる頃には、夜も十一時を過ぎようとしていた。
来客用の寝間着なんてここには無いけれど、真夏とはいえさすがにパンツ一丁で寝てくださいと言う訳にもいかない。この家の風紀が乱れかねない。
考えた挙句、五夢には先生用に買っておいた予備の部屋着を、都九見さんには不本意ながらもぼくの宇宙柄Tシャツとジャージの下を貸すことにした。
「ふふふ。若者の服を着ると心まで若返る気がするねぇ。何より七五三君の香りと温もりに包まれている感じがするよ♪」
「若返ってませんし、変態くさい発言はやめて下さい!」
Tシャツに袖を通す都九見さんは、ぼくの嫌がる顔を見てニヤニヤと嬉しそうにしている。相手が嫌がれば嫌がるほど喜ぶ天邪鬼な性質なのだ、この准教授は。寝間着を貸すのが早速嫌になってきた。でも「脱いで下さい」なんて言ったら、また妙な絡み方をされそうなので我慢する。
「いぇー。お泊り会なう!」
五夢が布団に寝転がってノリノリで自撮りを撮影している。SNSにアップするつもりなのだろう。彼が着ているのは、ぼくが少し前に先生の夏の部屋着にと買ってきた黒いコットン生地のパーカーワンピースだ。だぼっとしていて足首まである。相変わらず、華奢な女の子に見える。
「ところでこのルームウェア、レディース物だよね。カピの着てるヤツも」
「……そうなんですか? 七五三君と選んだもので、着心地がいいので気に入っているのですが」
「ボクの着てるパーカーはウエストのところに少し絞りがあるでしょ。男女でシルエットが微妙に違うんだよね。カピの着てるシャツワンピも、ボタンの合わせが左前になってるよね。これ、男物だと右前なんだ。海外だと女物でも逆になってることあるけど」
「――え。そうなんだ」
「あっはっは。万世君、昔から衣食住には無頓着だからねぇ。前はずっと私のお古のだぼだぼジャージを着続けてたくらいだから」
「……うるさいです。黒い服があれしか無かったからです」
知らなかった。レディースとメンズにそんな違いがあったなんて。
ぼくも先生もファッションについては全く分からないので、真っ黒かつ魔法使いの装束みたいなゆったりしたデザインで、小柄な先生の身丈に合うもの……というだけで、なんとなく決めてしまったのだ。ファッションに詳しい五夢のような人が見たら、細かな違いまで分かってしまうのだろう。
ぼくは自分の無知さを反省する。
敬愛する先生に、恥をかかせてしまった。
しかし。しおれたぼくをよそに、五夢は目をきらきら輝かせ、先生の薄っぺらい肩をわしっと掴んだ。
「え、めちゃくちゃいいじゃん! 今ワンピース男子コーデ流行ってるし、似合えば全然オッケー! むしろ女子服のほうが安くて可愛いデザイン多いし、小柄なの自分の強みだと思ってるからボクもコーデにがんがん取り入れてるよ。ちな、男女どっちでも着られる黒基調のユニセックスブランドもあるから今度一緒に服見に行こーよ! 似合うと思う!」
「ゆに……?」
「うん! モード系ならカピの好きそうなビッグシルエットな服も色々あるしね。ボクが色々見繕ったげる!」
「……面白そうですね。また色々教えてください」
先生は傍らの億良の頭から尻尾の先までを静かに指で撫でている。表情こそ変わらないが、ほんの少し楽しそうな声音だ。自分の知らない新しい分野について知ることが純粋に嬉しいのだろう。先生が嬉しそうだとぼくも嬉しい。
「それにしてもさぁ。この数多町の、よりにもよって迷宮通最深部に泊まれちゃうなんてオカルト的に貴重すぎる体験だよね! ワクワクするわ!」
「まぁ確かに――かなり年代物の建物だからね、ここ」
「しかも真夏の深夜に、このメンバーなんてさ。もうコレ、舞台整いすぎてんじゃん。うってつけじゃん」
うってつけ? 五夢がよく分からないことを言う。
「いいねぇ。確かに。うってつけに違いない」
都九見さんまで。
「うってつけ? それって一体どういう――」
我が親友と、都九見准教授が顔を見合わせてニヤニヤしている。何かロクでもないことを思いついた時の表情だ。
五夢の大きな瞳が、にぃと悪戯っぽく歪んだ。
「ねぇ。みんなで――『怖い話』しようよ!」
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