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「怖っっっっわ!」
五夢が物凄い声で叫んだものだから、その声でびくっと震えてしまった。万世先生が、ふっと蝋燭を一本吹き消す。
「いや、ある意味ゾッとするわ! 何してんのさミル!? さすがに寝込み襲うのはダメでしょ!」
ほんの少し暗くなった室内で、皆の何とも言えない冷ややかな視線がぼくへと集中していた。いたたまれなくなったぼくは、俯いて頭をかきむしる。
「いや。その……違うんです。あの時は――。
真夜中になんだかとてつもなく悪い夢を見て、飛び起きてしまって。現実の先生がご無事かすぐに確かめたくなったんです。もう、居ても立ってもいられなくて気が付いたら先生のお部屋に来ていました。相変わらず丸い毛布の塊だったんですが、なんだか毛布越しの生命活動が薄い気がして――」
「確かめようとしたんだ!?」
「――はい。どうしても心配で。せめて毛布の向こうの脈拍や息遣いだけでも確かめられたらと思って……つい」
夢が夢なのは分かっている。
それでもぼくには――誰にも打ち明けられていない『呪われた体質』があるから。今は安穏と過ごさせてもらっていても、身近にいる先生の身にいつか良くないことが起きるんじゃないかと内心不安でたまらないのだ。
「生きてますが」
「毛布が何だかオブジェみたいに静かだったんです! せめて顔を出して眠るとか、もう少しうごうごして頂けたら……!」
「……それは無理です」
ぎゃあぎゃあと騒いでいたら准教授がぬっと横から入ってきた。
「しかし、不思議だねぇ。どうして七五三君はそんなに万世君の生存確認をしたがるのかなぁ。必要以上に執拗だよねぇ。万世君に死なれちゃ困るの? 彼の力でどうしても解いてほしい呪いでもあったりするのかなぁ――?」
にこにこと色素の薄い琥珀色の目をにぃと細めながら、都九見さんがこちらを見つめてくる。発言の意図が量りきれない。
「――ぼく、去年母を事故で亡くしてしまったり、色々身近で不幸が起こったりしたのですっかり不安症なんですよ。大切な方の無事を願うのはおかしいですか? ご自分以外に『大切な相手』の居なさそうなツグセンにはちょっと伝わりづらいかもしれませんが」
負けじと微笑んでみせた。間違ったことは言っていない。真実を織り交ぜることで方便はよりそれらしくなるのだと周りの大人達から学んできた。
こちらを見定めるような目付きが苦手だなぁと内心たじろいでいたところに、親友の五夢が良いタイミングで割り込んできた。
「つかさぁ、カピ。それって『怖い話』になるワケ? ミルミルじゃん! 幽霊もオバケもなぁーんも出ないんだけど!?」
「僕としては――久々に恐ろしい出来事でしたので。それに、お化けさん方はいつもそこら中に普通にいらっしゃいますから怖くありませんよ」
この世とあの世の境界に立ってその両方を視ている先生のような人にとっては、魑魅魍魎の類ですら怖くも何ともないありふれた日常風景なのだろう。先生の恐怖を感じるポイントは常人と大きくずれているようだ。
しかしながら、ぼくが原因の一端を作ってしまったのは事実なので、遅ればせながら――その場で深謝した。
「本当にすみませんでした、先生! 重たい思いをさせてしまって――」
「……いえ。びっくりしただけなので、そのこと自体は構いません。『金縛り』ではなく七五三君だったので、助かりました」
「ぼくも、先生がご無事で良かったです!」
広い心で許してくださった。許してくださると思っていた。万世先生はやっぱり優しい方だ。ますます崇敬の念を深める。
「では、次からはちゃんと許可をとってからお邪魔しますね!」
「……そうしてください。びっくりするので」
「あー……駄目だ。ツッコミ追いつかねぇ!」
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