幕間「数多夜噺」~真夏の夜の怪談遊戯~

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「うぎゃあああああああああ!!!!」  五夢(いつむ)が怖がるあまり後ろでんぐり返りの要領で布団の上へ転がっていった。運動神経の良さをいかんなく発揮している。確かに、語り手としてはここまでリアクションしてくれると気分がいいものだ。  転がった彼の背中の上にしゅたっと億良(おくら)が飛び乗った。すっかりサーカスの玉乗りのようだ。 「怖い! 怖い怖い怖い! 純真なミルミルにえぐい『意味怖(いみこわ)』かまされるなんて!」 「いやぁ。やるねぇ七五三(しめ)君。想像以上だったよ。それにしても君、そんな感じでよく今まで生きてこられたねぇ? 悪運が強いのかな」 「あはは……よく言われます」  はにかんだぼくを、傍らの万世(まよ)先生がじぃっと見つめてくる。何か思い当たることがあるんだろうか。 「……そこ、だったのでしょうね。生きるか死ぬかの選択肢をくれただけ良心的ですよ。どちらも不正解、問答無用で襲いかかる、なんてことも多いです。あちらの方々にはあちらの方々の道理がある。こちら側の道理は通用しませんから」 「気をつけます。今は先生も居てくれるので大丈夫ですよ!  さ。これで『怖い話』もおしまいですね。じゃあ蝋燭消しちゃいますよ。そろそろ皆さんも寝る準備を――」  最後の蝋燭を吹き消そうとした時。  万世(まよ)先生の掌が、ぼくの口元を息ごと遮った。  驚いたぼくは目をぱちくりさせて先生を見た。 「――お待ちなさい」    そのままぼくの手から燭台を奪うと先生がゆらりと立ち上がる。 「まだです。まだ、消してはいけません」  窓辺に近付くと、先生が煤けたカーテンを開けた。  探偵舎の応接間にある三枚の窓が顕わになる。暗がりに沈む迷宮通の風景を透かしながら、嵌まった古びたガラスががたりがたりと揺れている。そういえばさっきからガラスの音や家鳴りがやたらとうるさかった。  これはもしかしたら。  ――そう思ってぼくはべっこうフレームの伊達眼鏡を掛けてみた。 「……外にね。聴衆が大勢いらっしゃいますから」  窓ガラスの向こう。あたり一面に貼り付くように。  ぼくらのことを覗き込んでいる無数の異形の『目』が、視えた。
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