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「わっ……せ、先生――これって!」
「え。何、何。視えないんだけど!? 解説プリーズ」
ただならぬ気配にざわつくぼくらを制するように、先生は人差し指を唇に当てた。
「先程。お盆の時期に何故怪談をするのか、と問いましたね。――当然、肝を冷やして涼を取るためではありません。
この時期は現世と幽世が最も近くなり、人と妖の世界の境目も緩んで行き来がしやすい季節なのです。昔から、ご先祖の霊が精霊馬に乗って還ってくると言うでしょう。
ゆえに御霊を鎮め、魔や神を畏れ敬い、霊や怪異などのこの世ならざるものについて存分に語り、思い馳せ、親しむ為に、人々はこの時期に怪談をするようになったのですよ。
――ね。
楽しんでいただけましたか? 皆さん」
先生が窓の外の漆黒に語りかける。呼応するように目の主たちが愉しげにざわめくのを感じた。結界を隔てた――こちら側とあちら側が、見えない糸で繋がっているみたいだ。
黒づくめのロングシャツを羽織った先生は、絵の具みたいにあちら側の闇に溶けてしまいそうな感じがする。
「怪談をすると怪異が寄ってくる――それは事実です。ですが『降霊術』と言うわけでもなく、実際はもっと単純な理由です。
自分達の界隈が話題に出されている、と思うと誰だって嬉しいものですから。話を聞きたくて集まってくるんですよ。まぁ僕達のお話は殆ど『人間』のお話でしたが。楽しんで頂けたなら何よりですね」
蝋燭の炎がひときわ大きく燃え上がる――と、先生の手の中でぼうっと薄い緑色の炎に変化した。何か力を込めたのだろう。緑色の優しい明かりが先生の横顔をくっきりと照らす。ぼくは唾を飲むのも忘れてその光景に見惚れていた。
「さぁさぁ。皆さん。お帰りはあちらですよ」
ご清聴有難うございました、という先生の言葉を合図のようにして、道に施した結界のお札がぽう、と仄かな緑の光をこぼし、迷宮通の曲がりくねった路地を点々と照らし出した。
「――綺麗だ」
ぼくや億良は勿論、霊の類が全く視えない五夢や、実際どうなのか分からない都九見さんにも、この不思議な光景はちゃんと見えているらしい。全員でライトアップされた迷宮通の様子にすっかり見入っていた。
夜が更けるのも忘れて。
送り火のあえかなる光に心導かれるように。
数多町七十刈探偵舎
幕間『数多夜噺』 完
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